そんな風習が、生類憐みの令によって綺麗(きれい)さっぱり一掃されてしまったのです。確かに人間よりも動物の方が大切であるかのような法令には行き過ぎた問題がありましたが、年月の経過とともに骨の髄(ずい)にまで染み付いてしまった「戦国の遺風」をなくすためには、ある意味では「劇薬」ともいえるショック療法が必要でした。
生類憐みの令の他に「劇薬」として知られているものに織田信長(おだのぶなが)の領地における「一銭斬り」がありますが、これはたとえ一銭であっても盗めば首が飛ぶというとんでもない内容でした。しかし、この法令があったお陰で信長の領地では夜道を女性が一人で歩けるほど安全になったという記録が残されています。信長の無茶な法令に比べれば、約20年間で69件しか処罰されず、死罪も13件しかなかった生類憐みの令の方がよほど人道的(じんどうてき)というべきでしょう。
江戸時代には落語の世界の「熊さん八っつあん」に代表されるような「助け合いの精神」があったと一般に知られていますが、初期はむしろ全く逆でした。しかし、綱吉の出した法令がそれを180度転換し、生命を大切にするとともに相手の立場を尊重するという道徳心をもたらし、それが現代にまで続いているのです。
(※下線を引いた事例については、リンク先もご参照下さい)




いつも有難うございます。
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ぴーち こんばんわ^^
確かに劇薬は即効性がありますもんね^^
その代わり、本物の薬もそうですが、
劇的な効き目がある薬品程、その副作用(副反応)は同じくらい大きいものですが、この法案によって人々のその後の反発はどうだったのでしょうか・・(^_^;)
なおまゆ よくぞ書いて下さいました。この法令ほど誤解されているものはないんですよね。犬将軍などといわれている綱吉がかわいそうです。
この法令によって、『日本人らしさ』が熟成されることになったんですから、日本史上の画期というべき法令ですよね。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 仰るとおり、綱吉による処方が「劇薬」であったがゆえに思いやりの精神が行き過ぎて「他人との争いは良くない」と考えるようことになったことや、他人を信用するあまり、それが国家レベルにまで高まることで「他国が攻めてくるはずがない」という予想もしなかった方向へと流れて言った一面があるとは思います。
とはいえ、その責任を綱吉にすべて押し付けるのは酷でしょう。日本人らしさを取り戻してくれた綱吉には本当に感謝ですね。
なおまゆさんへ
黒田裕樹 全くその通りです。
綱吉に感謝こそすれ、犬公方などと揶揄(やゆ)するのはもってのほかですね。
確かに劇薬は即効性がありますもんね^^
その代わり、本物の薬もそうですが、
劇的な効き目がある薬品程、その副作用(副反応)は同じくらい大きいものですが、この法案によって人々のその後の反発はどうだったのでしょうか・・(^_^;)
この法令によって、『日本人らしさ』が熟成されることになったんですから、日本史上の画期というべき法令ですよね。
とはいえ、その責任を綱吉にすべて押し付けるのは酷でしょう。日本人らしさを取り戻してくれた綱吉には本当に感謝ですね。
綱吉に感謝こそすれ、犬公方などと揶揄(やゆ)するのはもってのほかですね。