家綱の治世において正之は様々な政策を実行しました。幕府が大名の重臣(じゅうしん)の子弟を人質にとって江戸に住まわせる大名証人制度(だいみょうしょうにんせいど)を廃止したのも正之ですし、江戸の水源不足を補(おぎな)うために引かれた玉川上水(たまがわじょうすい)は、施設の一部が21世紀の現代でも使用され続けるほど完成度の高いものとして有名です。
また、1657年に江戸の町を焼き尽くした明暦の大火(めいれきのたいか)によって、壮大(そうだい)な江戸城の天守閣(てんしゅかく)が焼け落ちましたが、天下泰平(てんかたいへい)の世に天守閣は不要として再建しないことを決め、代わりに江戸の道路を広げるなど都市機能の復興に全力を挙げました。
正之の子孫は松平氏を名乗り、会津藩主として幕府を支え続けました。幕末に京都守護職(きょうとしゅごしょく)の重責を担(にな)い、新選組(しんせんぐみ)を率(ひき)いて滅(ほろ)びゆく幕府を懸命に守った松平容保(まつだいらかたもり)も会津藩主(ただし、徳川家の血を引いてはいるものの、系統上は養子)です。




いつも有難うございます。
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なおまゆ 謹直な恐妻家の秀忠唯一の浮気(ちょっと意味が違いますが)が江戸を救ったのですね。個人的には、保科正之は大好きな政治家です。
振袖火事の時の奮迅ぶりは凄いですね。
現代政治家に見習って欲しい。切に願っています。
なおまゆさんへ
黒田裕樹 仰るとおり、秀忠が恐妻家だったことで正之の運命が変転した分、幕府と我が国を救ったことになりますね。
「私」を捨て「公」のために政策を全うした正之は政治家の鑑です。
不信任案を突き付けられた某首相も、国家と国民の命運を託されていることをもっと自覚してほしいものですが…。
大名承認制度
ろっぽん ※大名承認制度=ズート続いてたのではないのですか?
よく何何藩屋敷というように江戸時代恒常的に続いてたのではないのですか?
※玉川上水のアイデアを出した人物と記されていますが
あの当時の土木技術、測量技術といっていいかも知れませんが、
当地にも伊豆の堰用水という灌漑用水の堀(中規模の河川)が流れているけど。こういう堀の場合、高低を測る技術がないと作れませんが、なんかオランダの土木技術を学んだだそうですね?
それから機械のない時代に人力での掘削の根気は驚きますね。当然、政之はそういう技術者でなくだれか専門家がいたのでしょう。
ぴーち こんばんは!
この頃の時代の上水道の技術力が今の日本の
水事情を豊かにしてくれていると思うと
本当に先人の一方ならなぬご苦労に頭が下がる思いがします。
ミネラルウォーターのボトル水よりも、安全で
蛇口をひねるとすぐに飲める日本の水道水の良さを
改めて再確認していきたいものですね。
凸
ろっぽんさんへ
黒田裕樹 大名証人制度とは大名の家臣の子弟を幕府に人質として差し出す制度であり、正之はこれを廃止しましたが、大名の妻子を江戸に住まわせたこととはまた別の問題でした。なお、このあたりが本文上でも分かりにくかったので修正させていただいております。
玉川上水については、実際に施工した玉川兄弟の技術力の賜物だといえるでしょう。難工事の克服も幕府の後ろ盾があってこそであり、その意味においても正之の存在は大きかったと思います。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 仰るとおり、先人の技術力の素晴らしさが私たちの今の便利で快適な暮らしを支えていますからね。
水道水の有難みは断水の時に思い知ることが多いですが、普段からも感謝の気持ちを忘れないでいたいものです。
振袖火事の時の奮迅ぶりは凄いですね。
現代政治家に見習って欲しい。切に願っています。
「私」を捨て「公」のために政策を全うした正之は政治家の鑑です。
不信任案を突き付けられた某首相も、国家と国民の命運を託されていることをもっと自覚してほしいものですが…。
よく何何藩屋敷というように江戸時代恒常的に続いてたのではないのですか?
※玉川上水のアイデアを出した人物と記されていますが
あの当時の土木技術、測量技術といっていいかも知れませんが、
当地にも伊豆の堰用水という灌漑用水の堀(中規模の河川)が流れているけど。こういう堀の場合、高低を測る技術がないと作れませんが、なんかオランダの土木技術を学んだだそうですね?
それから機械のない時代に人力での掘削の根気は驚きますね。当然、政之はそういう技術者でなくだれか専門家がいたのでしょう。
この頃の時代の上水道の技術力が今の日本の
水事情を豊かにしてくれていると思うと
本当に先人の一方ならなぬご苦労に頭が下がる思いがします。
ミネラルウォーターのボトル水よりも、安全で
蛇口をひねるとすぐに飲める日本の水道水の良さを
改めて再確認していきたいものですね。
凸
玉川上水については、実際に施工した玉川兄弟の技術力の賜物だといえるでしょう。難工事の克服も幕府の後ろ盾があってこそであり、その意味においても正之の存在は大きかったと思います。
水道水の有難みは断水の時に思い知ることが多いですが、普段からも感謝の気持ちを忘れないでいたいものです。