では逆に、他の宗派の人間からの施しがあった場合はどうすればよいのでしょうか。相手側からの厚意までは断らずに受けいれようとする考えが広がっていった一方で、それすらも認めずに、他派からの一切の施しを拒否する(=不受)という主義を貫(つらぬ)いたのが不受不施派でした。
これは、権力者側から見れば国家による統制を受けないどころか、国家権力そのものを認めないという危険な思想になります。このため、日蓮宗不受不施派はカトリックと同様に幕府の厳しい弾圧を受けることになってしまったのです。
ところで、これまでに紹介した寺請制度は、幕府が禁教とした宗派を信仰させないようにするという宗教弾圧の性格を強く持っていましたが、それと同時に現代にまでつながる大きな恩恵となった重要な側面も持っていました。
それは、我が国における「政教分離の原則」の完全なる定着です。
(※下線を引いた事例については、リンク先もご参照下さい)




いつも有難うございます。
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ぴーち こんばんは!
確かに鎌倉時代に日蓮聖人が存命中から様々な迫害を受けたお話は有名なので、私も存じております。
結局その度重なる迫害では命を落とす事無く、天命を全うされた様ですね。
その教えをそのまま受け継いだのでしょうから、幕府からすれば、目の上のタンコブになるのは当然でしょうね。
しかし不受不施の考え方は一見、宗教を流布させていくには不利な考えだと思われがちですが、それだけ自身の教えに絶対的な自信が
あり、何かと煩悩が多い人間の心を戒める為には
それくらいの厳しさも必要な事だと説いているのかも知れません。他の宗教でも荒行をし、滝に打たれたり、坐禅を組んだりと人間の中の煩悩を拭い去ろうとする修行がありますが、考え方としては同じでは無いのかと思いますが、いかがでしょうか。
応援凸
ぴーちさんへ
黒田裕樹 お考えは確かにそのとおりです。誰にもおもねることなく、自身の教えを貫くという立場からすれば、不受不施派こそが本来の宗教かもしれません。
ただし、この考えこそが国家権力に逆らうことになり、封建社会の江戸幕府においては許せなかったということになりますね。難しいものです。
確かに鎌倉時代に日蓮聖人が存命中から様々な迫害を受けたお話は有名なので、私も存じております。
結局その度重なる迫害では命を落とす事無く、天命を全うされた様ですね。
その教えをそのまま受け継いだのでしょうから、幕府からすれば、目の上のタンコブになるのは当然でしょうね。
しかし不受不施の考え方は一見、宗教を流布させていくには不利な考えだと思われがちですが、それだけ自身の教えに絶対的な自信が
あり、何かと煩悩が多い人間の心を戒める為には
それくらいの厳しさも必要な事だと説いているのかも知れません。他の宗教でも荒行をし、滝に打たれたり、坐禅を組んだりと人間の中の煩悩を拭い去ろうとする修行がありますが、考え方としては同じでは無いのかと思いますが、いかがでしょうか。
応援凸
ただし、この考えこそが国家権力に逆らうことになり、封建社会の江戸幕府においては許せなかったということになりますね。難しいものです。