初めのうちは二人三脚で政治を行っていた二人でしたが、馬子による専横(せんおう)が目立ってくるようになると、崇峻天皇は、政治の実権を持てない自身の待遇に次第に不満を抱(いだ)かれるようになりました。
そんな592年10月のある日、崇峻天皇に生け捕ったイノシシが献上されました。崇峻天皇はイノシシをご覧になると、「いつかこのイノシシの首を斬るように、自分が憎いと思っている者を斬りたいものだ」と独り言を述べられました。
崇峻天皇のお言葉はやがて馬子の耳に入りました。身の危険を感じた馬子は、「殺(や)られる前に殺(や)ってしまえ」とばかりに、翌月に偽の朝廷の儀式に崇峻天皇を誘い出すと、配下の東漢直駒(やまとのあやのあたいこま)に命じて天皇を殺害してしまいました。
我が国史上で配下の者に殺された天皇は、この崇峻天皇ただ一人です。尚、主君や親を殺すことを「弑逆」(しいぎゃく)といい、そのような人の道に背く最も悪い行いのことを「大逆」(たいぎゃく)といいます。



いつも有難うございます。
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ぴーち こんばんは!
?>主君や親を殺すことを「弑逆」(しいぎゃく)といい・・・
この時代のこの表現と
戦国時代の下剋上とは、意味合いが
全然違うんでしょうか?
?下剋上そのものは、殺すことという直接的な意味も含まれていたんでしょうか?
前回のお返事の件。
そうでしたか^^それは大変失礼しました^^;
黒田さんを一番最初に悩ませた問題児ということですね(^^A
それでも、声優さんのお名前を教えていただき、ありがとうございました^^
ちなみに、何のハーヴの香りだったんでしょうかね?
(この質問は、却下されても良いです^^;)
それでは、応援させてくださいね!
さすらい こんばんは。
「我が国史上で配下の者に殺された天皇は、この崇峻天皇ただ一人です」
ということは、テスト問題に出やすいかと思いますが
私の記憶にありません(笑)
覚えたいですが
また忘れるかもしれません(笑)
応援♪
ぴーちさんへ
黒田裕樹 こんばんは! いつも応援有難うございます!
ご質問にお答えしますね(^^♪
> ?>主君や親を殺すことを「弑逆」(しいぎゃく)といい・・・
> この時代のこの表現と戦国時代の下剋上とは、意味合いが全然違うんでしょうか?
戦国時代は極論すれば「誰もが出世できる」時代で、そのためには手段を選ばないこともありました。それまでの秩序はないに等しく、いうなれば「何でもあり」の世の中だったわけです。だからこそ、実力さえあれば主君を主君とも思わず、下の者が上の者に剋(か)つ(=勝る)という下剋上の時代でした。一方、6世紀の末頃は、蘇我氏などの実力者を除いては朝廷は他の豪族や当時の庶民にとって尊い血筋でしたから、意味合いは全く異なるという結論になりますね。
> ?下剋上そのものは、殺すことという直接的な意味も含まれていたんでしょうか?
殺す、という意味も含まれていますが、相手の権力さえ奪ってしまえば、必ずしも殺害してはいません。例えば、室町時代最後の将軍である足利義昭は、織田信長によって将軍の座を追われていますが、京から追放されただけで、殺されてはいません。
> 黒田さんを一番最初に悩ませた問題児ということですね(^^A
いえいえ、とんでもない!
「どう答えればいいのかな?」というのは、決してそういう意味で書いた訳ではないですよ。皆さんコメントの内容が多岐にわたっていて、失礼のないようにコメ返しなければ、というつもりだったんですが、誤解を招いてしまったとすればすみませんm(_ _)m
> ちなみに、何のハーヴの香りだったんでしょうかね?
> (この質問は、却下されても良いです^^;)
ごめんなさい、私にも分かりません…(´・ω・`)
さすらいさんへ
黒田裕樹 崇峻天皇の話は、テスト問題に出やすいはずなのですが、私にも記憶がありません。
どうしてでしょうね?
「たった一人だけ」というのはインパクトがある一方で、かえって忘れやすいのかもしれませんね。
応援有難うございます!
ケンシロウ こんにちは。
聖徳太子と聞いて1万円を連想するおいらに
歴史を語る資格はないと確信しましたw
でも先生のHPは学生の頃の記憶を辿ることが出来
再び勉強になるトコだと思っています。
ケンシロウさんへ
黒田裕樹 > 聖徳太子と聞いて1万円を連想するおいらに
> 歴史を語る資格はないと確信しましたw
いえいえ、それも立派な「お札の歴史」です(^^ゞ
今の20代以下の人たちは、聖徳太子が1万円札に使われていたことも知らないでしょうし。
> でも先生のHPは学生の頃の記憶を辿ることが出来
> 再び勉強になるトコだと思っています。
有難うございます。宜しければ、これからもどんどんコメントして下さい!
こみー 「殺られる前に殺ってしまえ」・・・
恐ろしいですね(´・ω・`)
言葉も恐ろしいですが、実行してしまうとは・・・
天皇もビックリ?でしょうね。。。
自分の発言?で自分が殺されるなんて。
こみーさんへ
黒田裕樹 そうですよね。
畏(おそ)れ多くも天皇を暗殺するとは…。
仰るとおり、考えただけでなく実行してしまうところがもっと恐ろしいですね。
実力者というのは、時として我々には想像もつかないことを堂々と実行してしまうものかもしれません。
「余計な一言は言うべきではない」
今回の事件が一つの大きな教訓になりそうですね。
こんばんは
ことぶきのこめや 聖徳太子あたりの話は好きです。
この先、非常に楽しみにしています。
馬子、蝦夷、入鹿は、私はそれほど嫌いではなかったります(笑)
ことぶきのこめやさんへ
黒田裕樹 光栄です。ことぶきのこめやさんを始めとする皆様のご期待に沿えるような内容を目指したいと思います。
蘇我氏は代々アクの強い政治家ですが、そんなところに憧れる人は結構多いと思いますよ。
ヒロキ 馬子は直接崇峻天皇を殺したのではないのですね^^;
>「殺れる前に殺ってしまえ」
そんな背景もあったのですね!
色々と勉強になります\(^o^)/
ヒロキさんへ
黒田裕樹 > 馬子は直接崇峻天皇を殺したのではないのですね^^;
そうです。配下の東漢直駒(やまとのあやのあたいこま)に命じて殺させました。理由は「万が一失敗しても彼一人のせいに出来るから」。そして、成功後も結局口封じで東漢直駒は殺されています。もっとも、東漢直駒は殺される前に、馬子に強烈な「しっぺ返し」をやってるんですが…。
> >「殺れる前に殺ってしまえ」
> そんな背景もあったのですね!
崇峻天皇が馬子の言いなりとなってしまわれるのを我慢されれば、殺されることもなかった訳です。いずれにせよ、自分の身が危ないからといって躊躇(ちゅうちょ)なく天皇を暗殺できる馬子の神経の図太さには言葉もないですね。
圧倒的権力者
オバrev まさに蘇我氏の蘇我氏による蘇我氏のための政治のような圧倒的権力ですね。
後の藤原道長とか、平清盛のような権力独占状態を想像します。
それにしても、天皇を殺害するとは・・・、相当反発があったんじゃないかなと思います。またこのころ、中臣氏はどうしていたんでしょうか。
だんだん盛り上がっていきますね(^^;)
オバrevさんへ
黒田裕樹 > まさに蘇我氏の蘇我氏による蘇我氏のための政治のような圧倒的権力ですね。
> 後の藤原道長とか、平清盛のような権力独占状態を想像します。
そうですね。蘇我氏の独壇場(どくだんじょう)ぶりは、後の藤原道長や平将門を髣髴(ほうふつ)とさせますが、「天皇暗殺」という「大逆」を犯した段階で、やはりスケールがケタ違いですね。
> それにしても、天皇を殺害するとは・・・、相当反発があったんじゃないかなと思います。またこのころ、中臣氏はどうしていたんでしょうか。
もちろん反発はありましたが、「天皇暗殺」を平気で行う蘇我氏の圧倒的な権力の前に、沈黙せざるを得ませんでした。また、この頃の中臣氏は、有力者を蘇我氏に殺され、勢力が衰えていました。鎌足が出てくるまでの間は不遇が続きます。
> だんだん盛り上がっていきますね(^^;)
有難うございます。また是非ご訪問下さい!(^o^)丿
ぴーち おはようございます!
黒田さん、ご丁寧な解説をいただきまして、感謝致します。
それと、問題児の件ですが、私こそ、このような書き方をしてしまい、すみませんでした(^^A
私はむしろ、逆に黒田さんにそんな風に思われて嬉しく思ったもので、このような言い回しをしてしまいました^^
これからも、黒田さんを悩ませてしまう珍?コメントを差し上げてしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します^^
黒田さんの誠実な姿勢、とても尊敬致します。
私もこうと決めたら、曲げない体質ですが、黒田さんの中に同じような?部分を感じて、嬉しく思っています^^
それでは、朝ぽちしてゆきますね!
また、お邪魔します^^
ぴーちさんへ
黒田裕樹 コメント有難うございます(^o^)/
何かと融通がきかないところもあるとは思いますが、これからも宜しくお願いしますm(_ _)m
?>主君や親を殺すことを「弑逆」(しいぎゃく)といい・・・
この時代のこの表現と
戦国時代の下剋上とは、意味合いが
全然違うんでしょうか?
?下剋上そのものは、殺すことという直接的な意味も含まれていたんでしょうか?
前回のお返事の件。
そうでしたか^^それは大変失礼しました^^;
黒田さんを一番最初に悩ませた問題児ということですね(^^A
それでも、声優さんのお名前を教えていただき、ありがとうございました^^
ちなみに、何のハーヴの香りだったんでしょうかね?
(この質問は、却下されても良いです^^;)
それでは、応援させてくださいね!
「我が国史上で配下の者に殺された天皇は、この崇峻天皇ただ一人です」
ということは、テスト問題に出やすいかと思いますが
私の記憶にありません(笑)
覚えたいですが
また忘れるかもしれません(笑)
応援♪
ご質問にお答えしますね(^^♪
> ?>主君や親を殺すことを「弑逆」(しいぎゃく)といい・・・
> この時代のこの表現と戦国時代の下剋上とは、意味合いが全然違うんでしょうか?
戦国時代は極論すれば「誰もが出世できる」時代で、そのためには手段を選ばないこともありました。それまでの秩序はないに等しく、いうなれば「何でもあり」の世の中だったわけです。だからこそ、実力さえあれば主君を主君とも思わず、下の者が上の者に剋(か)つ(=勝る)という下剋上の時代でした。一方、6世紀の末頃は、蘇我氏などの実力者を除いては朝廷は他の豪族や当時の庶民にとって尊い血筋でしたから、意味合いは全く異なるという結論になりますね。
> ?下剋上そのものは、殺すことという直接的な意味も含まれていたんでしょうか?
殺す、という意味も含まれていますが、相手の権力さえ奪ってしまえば、必ずしも殺害してはいません。例えば、室町時代最後の将軍である足利義昭は、織田信長によって将軍の座を追われていますが、京から追放されただけで、殺されてはいません。
> 黒田さんを一番最初に悩ませた問題児ということですね(^^A
いえいえ、とんでもない!
「どう答えればいいのかな?」というのは、決してそういう意味で書いた訳ではないですよ。皆さんコメントの内容が多岐にわたっていて、失礼のないようにコメ返しなければ、というつもりだったんですが、誤解を招いてしまったとすればすみませんm(_ _)m
> ちなみに、何のハーヴの香りだったんでしょうかね?
> (この質問は、却下されても良いです^^;)
ごめんなさい、私にも分かりません…(´・ω・`)
どうしてでしょうね?
「たった一人だけ」というのはインパクトがある一方で、かえって忘れやすいのかもしれませんね。
応援有難うございます!
聖徳太子と聞いて1万円を連想するおいらに
歴史を語る資格はないと確信しましたw
でも先生のHPは学生の頃の記憶を辿ることが出来
再び勉強になるトコだと思っています。
> 歴史を語る資格はないと確信しましたw
いえいえ、それも立派な「お札の歴史」です(^^ゞ
今の20代以下の人たちは、聖徳太子が1万円札に使われていたことも知らないでしょうし。
> でも先生のHPは学生の頃の記憶を辿ることが出来
> 再び勉強になるトコだと思っています。
有難うございます。宜しければ、これからもどんどんコメントして下さい!
恐ろしいですね(´・ω・`)
言葉も恐ろしいですが、実行してしまうとは・・・
天皇もビックリ?でしょうね。。。
自分の発言?で自分が殺されるなんて。
畏(おそ)れ多くも天皇を暗殺するとは…。
仰るとおり、考えただけでなく実行してしまうところがもっと恐ろしいですね。
実力者というのは、時として我々には想像もつかないことを堂々と実行してしまうものかもしれません。
「余計な一言は言うべきではない」
今回の事件が一つの大きな教訓になりそうですね。
この先、非常に楽しみにしています。
馬子、蝦夷、入鹿は、私はそれほど嫌いではなかったります(笑)
蘇我氏は代々アクの強い政治家ですが、そんなところに憧れる人は結構多いと思いますよ。
>「殺れる前に殺ってしまえ」
そんな背景もあったのですね!
色々と勉強になります\(^o^)/
そうです。配下の東漢直駒(やまとのあやのあたいこま)に命じて殺させました。理由は「万が一失敗しても彼一人のせいに出来るから」。そして、成功後も結局口封じで東漢直駒は殺されています。もっとも、東漢直駒は殺される前に、馬子に強烈な「しっぺ返し」をやってるんですが…。
> >「殺れる前に殺ってしまえ」
> そんな背景もあったのですね!
崇峻天皇が馬子の言いなりとなってしまわれるのを我慢されれば、殺されることもなかった訳です。いずれにせよ、自分の身が危ないからといって躊躇(ちゅうちょ)なく天皇を暗殺できる馬子の神経の図太さには言葉もないですね。
後の藤原道長とか、平清盛のような権力独占状態を想像します。
それにしても、天皇を殺害するとは・・・、相当反発があったんじゃないかなと思います。またこのころ、中臣氏はどうしていたんでしょうか。
だんだん盛り上がっていきますね(^^;)
> 後の藤原道長とか、平清盛のような権力独占状態を想像します。
そうですね。蘇我氏の独壇場(どくだんじょう)ぶりは、後の藤原道長や平将門を髣髴(ほうふつ)とさせますが、「天皇暗殺」という「大逆」を犯した段階で、やはりスケールがケタ違いですね。
> それにしても、天皇を殺害するとは・・・、相当反発があったんじゃないかなと思います。またこのころ、中臣氏はどうしていたんでしょうか。
もちろん反発はありましたが、「天皇暗殺」を平気で行う蘇我氏の圧倒的な権力の前に、沈黙せざるを得ませんでした。また、この頃の中臣氏は、有力者を蘇我氏に殺され、勢力が衰えていました。鎌足が出てくるまでの間は不遇が続きます。
> だんだん盛り上がっていきますね(^^;)
有難うございます。また是非ご訪問下さい!(^o^)丿
黒田さん、ご丁寧な解説をいただきまして、感謝致します。
それと、問題児の件ですが、私こそ、このような書き方をしてしまい、すみませんでした(^^A
私はむしろ、逆に黒田さんにそんな風に思われて嬉しく思ったもので、このような言い回しをしてしまいました^^
これからも、黒田さんを悩ませてしまう珍?コメントを差し上げてしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します^^
黒田さんの誠実な姿勢、とても尊敬致します。
私もこうと決めたら、曲げない体質ですが、黒田さんの中に同じような?部分を感じて、嬉しく思っています^^
それでは、朝ぽちしてゆきますね!
また、お邪魔します^^
何かと融通がきかないところもあるとは思いますが、これからも宜しくお願いしますm(_ _)m