また、国民の多くが食糧不足に悩(なや)まされている現実をお考えになった昭和天皇は、ご自身のお食事も国民と同じ配給を強くお命じになられ、代用食や水団(すいとん)などを進んでお召(め)し上がりになりました。
物資不足だけなら、苦しくても国民はまだ生きていけます。しかし、空から敵の軍隊に攻撃されてはひとたまりもありません。そして、その恐るべき事態が現実となる日がやって来てしまいました。
3月9日の夜から10日にかけて、アメリカのB29爆撃機(ばくげきき)が東京に大挙(たいきょ)して襲来(しゅうらい)し、あちらこちらに爆撃を行いました。いわゆる東京大空襲(とうきょうだいくうしゅう)であり、わずか1回の空襲で約26万戸の家が焼かれ、12万以上の人々が死傷し、100万人を超える人々が焼け出されるという甚大(じんだい)な被害をもたらし、世界史上でも例を見ない非戦闘員に対する大虐殺(だいぎゃくさつ)となりました。
空襲後、昭和天皇はご自身で被災地を訪問したいと希望なされ、約1週間後の18日に実現しました。空襲から間もない東京は焼け野原と化しており、焼け死んだ人々の遺体もそのままになっていました。陛下は被災者をお励ましになりながら、東京の変わり果てた姿に胸が痛む思いでいらっしゃいました。もはや一刻(いっこく)の猶予(ゆうよ)もなく、一日も早く戦争を終わらせないといけない―。
そして、その直後の4月に昭和天皇は次の内閣総理大臣に元侍従長の鈴木貫太郎を指名されました。ご自身との縁が深い鈴木ならば、この戦争を終わらせることができると期待されたのです。




いつも有難うございます。
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mochimochi 当時の状況がよくわかる講義で感謝します。
でも正直、想像を絶する光景で信じられません。
なんというか、しつこいようですが、もう一度その期間の歴史を世界中の人が研究してほしいと思います。
私も微力ですが、いろいろと話し合うきっかけをつかんでいこうと思います。
mochimochiさんへ
黒田裕樹 > 当時の状況がよくわかる講義で感謝します。
> でも正直、想像を絶する光景で信じられません。
有難うございます。
飽食の時代、平和ボケの時代には考えられない出来事ですね。
わずか65年前の同じ我が国なんですが…。
> なんというか、しつこいようですが、もう一度その期間の歴史を世界中の人が研究してほしいと思います。
> 私も微力ですが、いろいろと話し合うきっかけをつかんでいこうと思います。
謎も多く、また時代背景も複雑ですから、まとめあげるのも大変かと思われますが、私も何とか頑張ってみます。
ぴーち こんばんは!
戦中はきっと
非鉄、鉄に関わらず、物質不足だった事でしょうね。以前、「がばいばあちゃん」という映画作品を鑑賞した際に、おばあちゃんが外出して歩く時に、腰に磁石を着けた紐を括り付けて、歩く姿がありましたが、そこへついてきた鉄も貴重なものであった事でしょう。
おばあちゃんは、生活の足しにしていたようですが。。
それにしても、地獄絵図と化した空襲の惨劇を目の当たりにした陛下のご心痛は、察するに余りあるものです。
私などは戦後の高度成長期に生を受けた人間ですので、幸か不幸か戦争の悲惨な状況も経験も全くありません。不幸というのは、勿論、戦争の悲惨さを実際に知らないという事の怖さです。
恐怖を知らない人間は、戦争の本当の怖さを知らないので、安易に平和の大切さをも忘れてしまいがちです。むしろそういう人間が増えてくることこそ、怖いものだと思います。
月並みですが、こういった話は非常に重要なお話ですので、黒田さんの講座で少しでも多くの皆さんにも何か感じていただきたく思いました。
応援凸
、
ぴーちさんへ
黒田裕樹 戦時中の物資不足は、現代の私たちには想像もつかないことですね。
思い起こせば、平成5年にコメ不足になった際には外国米を輸入して急場をしのぐことができましたが、日本米の方がいいといって随分もめたことがありました。戦時中の人々がこれだけ苦労なさっておられるのに、罰(ばち)が当たりますね。
戦争の悲惨さと平和の尊さとは、体験しないと本当に理解できないかもしれませんね。
現在の我が国を取り巻く情勢を思えば、過去の悲劇を繰り返さないためにも「国を守る」ための様々な知恵が求められていると思います。東京大空襲のような悲劇は二度と御免ですからね。
黒田裕樹さん
風早 りら 100万人を超える人々が焼け出されるという甚大な被害をもたらし世界史上でも例を見ない非戦闘員に対する大虐殺となりました
非戦闘員への大虐殺
今だに 世界に 理解しえない現実を憂います
空襲後昭和天皇はご自身で被災地を訪問したいと希望なされた
この事実は知りませんでした
知らない人は 多いと思います
先生の講座の影響は 強いです
これからも 期待しています
風早りらさんへ
黒田裕樹 >> 100万人を超える人々が焼け出されるという甚大な被害をもたらし世界史上でも例を見ない非戦闘員に対する大虐殺となりました
> 非戦闘員への大虐殺
> 今だに 世界に 理解しえない現実を憂います
大昔ならともかく、近現代では国際法によって非戦闘員への虐殺は厳しく禁じられています。
にもかかわらず、はっきりと記録に残るかたちで大虐殺を行ったアメリカ。
しかも、虐殺はこれだけではありません…。
>> 空襲後昭和天皇はご自身で被災地を訪問したいと希望なされた
> この事実は知りませんでした
> 知らない人は 多いと思います
> 先生の講座の影響は 強いです
> これからも 期待しています
有難うございます。
国民が空前の被害を受けたことに対して、陛下は非常にご心配なさっておられたと伝えられています。
国民の平和と安寧を祈り続けられるからこそ、目の前の惨状を黙ってご覧になられるわけにはいかなかったのでしょう。
mochimochi 昭和天皇にまつわるエピソードを思い出しました。
”昭和天皇のお食事” 渡辺 誠著をご存知でしょうか?
宮内庁管理部大膳課に勤務されてた渡辺さんがどんな料理を天皇陛下が召し上がっていたか書いた本です。
その中で、両陛下と召使いがピクニックに行かれたときのエピソードがありました。(もちろん戦後の話です)
陛下はイチゴジャムサンドイッチが好きで一番先に2、3個食べたようです。
そして、まだ手のつけてないたくさんのサンドイッチを召使いに渡しました。”皆で食べなさい”と言う意味です。召使いが困って、みんなの手に渡るように配ると、陛下の食べる分がなくなるといったら、それでも良いとのことでした。
陛下は皆で一緒に同じ食事をしたかったようです。
これを読んで、すごいなぁと感じたことを思い出しました。
それと、もう一つ”暗黒大陸中国の真実”をご存知でしょうか?
私はこれを読んで、アメリカ人の宣教師が反日を煽動したことを知ってすごく腹が立ちました。
アメリカ人宣教師には何度も会ったことありますけど、その時は全然こういう事実を知らなかったので、今度会ったら絶対問いつめよう!と思っています。
mochimochiさんへ
黒田裕樹 貴重なエピソードを有難うございます。
両方とも未読ですが、時間があればぜひ読んでみたいですね。
アメリカの行動については、次回(16日)以降にさらに詳しく紹介することになります。
アメリカの残虐性
青田 黒田先生
青田です
私は、アメリカという国は、決して、嫌いな国では
ありませんが、
戦争における残虐性においては、ぞっとします。
◆ 東京大空襲
・・・まず、東京周辺に爆撃を加えて、女性・子供・老人が東京から、出られないようにしてから
焼夷弾を集中投下して、火災で、多くの人間が死ぬようにした。
◆ 原爆投下
・・原爆の効果を知るために、
一度も空襲を受けたことがない都市で、
市街地の原爆を投下した。
一説には、第三の原爆は、『京都』になる予定と言われています。
ここまでのことを、『正義』の名において
出来るアメリカには、逆に背筋がぞっとします。
※ 戦前の日本軍を鬼のように騒ぐ人間もいるようですが、それを言うなら、アメリカ軍は、悪魔ですね。
青田さんへ
黒田裕樹 仰るとおりです。
現在のアメリカにどのような感情を抱こうがその人の自由ですが、歴史的事実を踏まえたうえで対応すべきだと思います。
でも正直、想像を絶する光景で信じられません。
なんというか、しつこいようですが、もう一度その期間の歴史を世界中の人が研究してほしいと思います。
私も微力ですが、いろいろと話し合うきっかけをつかんでいこうと思います。
> でも正直、想像を絶する光景で信じられません。
有難うございます。
飽食の時代、平和ボケの時代には考えられない出来事ですね。
わずか65年前の同じ我が国なんですが…。
> なんというか、しつこいようですが、もう一度その期間の歴史を世界中の人が研究してほしいと思います。
> 私も微力ですが、いろいろと話し合うきっかけをつかんでいこうと思います。
謎も多く、また時代背景も複雑ですから、まとめあげるのも大変かと思われますが、私も何とか頑張ってみます。
戦中はきっと
非鉄、鉄に関わらず、物質不足だった事でしょうね。以前、「がばいばあちゃん」という映画作品を鑑賞した際に、おばあちゃんが外出して歩く時に、腰に磁石を着けた紐を括り付けて、歩く姿がありましたが、そこへついてきた鉄も貴重なものであった事でしょう。
おばあちゃんは、生活の足しにしていたようですが。。
それにしても、地獄絵図と化した空襲の惨劇を目の当たりにした陛下のご心痛は、察するに余りあるものです。
私などは戦後の高度成長期に生を受けた人間ですので、幸か不幸か戦争の悲惨な状況も経験も全くありません。不幸というのは、勿論、戦争の悲惨さを実際に知らないという事の怖さです。
恐怖を知らない人間は、戦争の本当の怖さを知らないので、安易に平和の大切さをも忘れてしまいがちです。むしろそういう人間が増えてくることこそ、怖いものだと思います。
月並みですが、こういった話は非常に重要なお話ですので、黒田さんの講座で少しでも多くの皆さんにも何か感じていただきたく思いました。
応援凸
、
思い起こせば、平成5年にコメ不足になった際には外国米を輸入して急場をしのぐことができましたが、日本米の方がいいといって随分もめたことがありました。戦時中の人々がこれだけ苦労なさっておられるのに、罰(ばち)が当たりますね。
戦争の悲惨さと平和の尊さとは、体験しないと本当に理解できないかもしれませんね。
現在の我が国を取り巻く情勢を思えば、過去の悲劇を繰り返さないためにも「国を守る」ための様々な知恵が求められていると思います。東京大空襲のような悲劇は二度と御免ですからね。
非戦闘員への大虐殺
今だに 世界に 理解しえない現実を憂います
空襲後昭和天皇はご自身で被災地を訪問したいと希望なされた
この事実は知りませんでした
知らない人は 多いと思います
先生の講座の影響は 強いです
これからも 期待しています
> 非戦闘員への大虐殺
> 今だに 世界に 理解しえない現実を憂います
大昔ならともかく、近現代では国際法によって非戦闘員への虐殺は厳しく禁じられています。
にもかかわらず、はっきりと記録に残るかたちで大虐殺を行ったアメリカ。
しかも、虐殺はこれだけではありません…。
>> 空襲後昭和天皇はご自身で被災地を訪問したいと希望なされた
> この事実は知りませんでした
> 知らない人は 多いと思います
> 先生の講座の影響は 強いです
> これからも 期待しています
有難うございます。
国民が空前の被害を受けたことに対して、陛下は非常にご心配なさっておられたと伝えられています。
国民の平和と安寧を祈り続けられるからこそ、目の前の惨状を黙ってご覧になられるわけにはいかなかったのでしょう。
”昭和天皇のお食事” 渡辺 誠著をご存知でしょうか?
宮内庁管理部大膳課に勤務されてた渡辺さんがどんな料理を天皇陛下が召し上がっていたか書いた本です。
その中で、両陛下と召使いがピクニックに行かれたときのエピソードがありました。(もちろん戦後の話です)
陛下はイチゴジャムサンドイッチが好きで一番先に2、3個食べたようです。
そして、まだ手のつけてないたくさんのサンドイッチを召使いに渡しました。”皆で食べなさい”と言う意味です。召使いが困って、みんなの手に渡るように配ると、陛下の食べる分がなくなるといったら、それでも良いとのことでした。
陛下は皆で一緒に同じ食事をしたかったようです。
これを読んで、すごいなぁと感じたことを思い出しました。
それと、もう一つ”暗黒大陸中国の真実”をご存知でしょうか?
私はこれを読んで、アメリカ人の宣教師が反日を煽動したことを知ってすごく腹が立ちました。
アメリカ人宣教師には何度も会ったことありますけど、その時は全然こういう事実を知らなかったので、今度会ったら絶対問いつめよう!と思っています。
両方とも未読ですが、時間があればぜひ読んでみたいですね。
アメリカの行動については、次回(16日)以降にさらに詳しく紹介することになります。
青田です
私は、アメリカという国は、決して、嫌いな国では
ありませんが、
戦争における残虐性においては、ぞっとします。
◆ 東京大空襲
・・・まず、東京周辺に爆撃を加えて、女性・子供・老人が東京から、出られないようにしてから
焼夷弾を集中投下して、火災で、多くの人間が死ぬようにした。
◆ 原爆投下
・・原爆の効果を知るために、
一度も空襲を受けたことがない都市で、
市街地の原爆を投下した。
一説には、第三の原爆は、『京都』になる予定と言われています。
ここまでのことを、『正義』の名において
出来るアメリカには、逆に背筋がぞっとします。
※ 戦前の日本軍を鬼のように騒ぐ人間もいるようですが、それを言うなら、アメリカ軍は、悪魔ですね。
現在のアメリカにどのような感情を抱こうがその人の自由ですが、歴史的事実を踏まえたうえで対応すべきだと思います。