この事件の首謀者(しゅぼうしゃ)は、当時の中華民国(ちゅうかみんこく)から我が国が租借(そしゃく、他国の領土の一部を一定の期間を限って借りること)していた遼東半島(りょうとうはんとう)の一部である関東州(かんとうしゅう)に配属されていた、我が国の陸軍である関東軍(かんとうぐん)の大佐(たいさ)でした。
事件発生に驚(おどろ)かれた昭和天皇は、直ちに当時の内閣総理大臣であった田中義一(たなかぎいち)に関係者の厳正(げんせい)な処分と軍の綱紀粛正(こうきしゅくせい、国家の規律や秩序あるいは政治のあり方や政治家・役人の態度を正すこと)を命じられました。
しかし、田中首相は陸軍などの強い反対を受けて関係者を処罰(しょばつ)することができず、結局事件をうやむやにしたうえで、翌昭和4(1929)年6月27日に調査結果を昭和天皇に上奏(じょうそう、天皇に意見や事情などを申し上げること)しました。
まだ28歳とお若かった昭和天皇のお顔の色がにわかに変わり、お怒りの声を発せられました。
「この前の約束と話が違うではないか!」




いつも有難うございます。
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吉田彦九郎 明けましておめでとうございます。
ご無沙汰いたしております。
しばらく休ませていただいておりましたが、今年から再スタートしたいと思います。
黒田先生の足元にも及びませんが、少しずつ更新していきたいと思います。
『黒田裕樹の歴史講座』にも時々お邪魔して勉強させていただきます。
よろしくお願いいたします。
ぴーち こんばんは!
我が国の軍の大佐の仕業といえども
他国のものを暗殺したとなれば、
個人の問題だけでは済まされなくなりますので、
その処分を直ちに執り行なうということは、正しい判断だと思いますし、当然、速やかに行うべき問題だと思いますが、軍の圧力によって天皇の意向が捻じ曲げられたと言うことは、天皇自身のお気持ちの上でも非常に遺憾な
ことだったと思います。(遺憾に思うところではなかったのでしょうけれど)
この当時の軍の権力・権限とは、天皇よりも上だったのでしょうか。
応援凸
吉田彦九郎さんへ
黒田裕樹 明けましておめでとうございます。
お元気そうで何よりですね。
こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 仰るとおり、昭和天皇のお気持ちを理解するどころが捻じ曲げようとする姿勢に、陛下のお怒りが爆発されたのは無理もないことだと思います。そのお怒りが、更なる出来事を生み出してしまうところが何とも言えないのですが…。
当時の軍部は統帥権干犯問題が表面化する一歩手前でしたが、次第に内閣や政府の言うことを聞かなくなっていました。その背景には「ある思想」があるのですが、これについては日を改めて紹介することになります。
黒田裕樹さん
風早 りら 昭和天皇が 次第に軍に 利用されて
いく様子が これから 顕著になっていくでしょう
それは昭和天皇のお気持ちとは 全く
相反することだったと 私は思っています
第二次世界大戦への道のりの
真実 黒田先生に期待しています
風早りらさんへ
黒田裕樹 > 昭和天皇が 次第に軍に 利用されて
> いく様子が これから 顕著になっていくでしょう
> それは昭和天皇のお気持ちとは 全く
> 相反することだったと 私は思っています
仰るとおりです。
陛下のためと口にしながら、陛下にとって大事な人々を犠牲にするという大きな矛盾が、この後明らかになります。
> 第二次世界大戦への道のりの
> 真実 黒田先生に期待しています
有難うございます。
今回は真実について直接問いかけることはありませんが、陛下のお立場を中心に側面から眺めてみたいと考えております。
mochimochi 立憲君主制の重み
本当にその通りですね。
素人的な意見ですが、私は立憲君主制のバランスが悪かったのは、天皇が誠実すぎるお方だったかもと思っています。
というのは、イギリスも立憲君主制ですが、かなりの(?)腹黒さで、二枚舌で、イメージ的には日本は小学一年生でイギリスは太ってひげを生やしたしぶといお爺さんという感じがします。
今の日本は中学一年生くらいのイメージでしょうか?
とにかく日本は歴史をしっかり勉強して、騙されないようにしてほしいです。
mochimochiさんへ
黒田裕樹 確かに世界には煮ても焼いても食えない君主も存在していますね。
我が国の天皇も125人存在されておられるので、中には豪傑の名にふさわしい方もおられるようですが、近現代ではむしろ「誠実な陛下」の印象が強いように感じられます。
君主が誠実なお方であっても、その下の政府が維新の元勲のように「食わせ者」であれば大丈夫なんですが、昭和の初期はどちらも真面目すぎるような思いもします。
せっかく過去に成功したとは言い難い歴史があるのですから、しっかり学んで二度と騙されないようにしたいものですね。
ご無沙汰いたしております。
しばらく休ませていただいておりましたが、今年から再スタートしたいと思います。
黒田先生の足元にも及びませんが、少しずつ更新していきたいと思います。
『黒田裕樹の歴史講座』にも時々お邪魔して勉強させていただきます。
よろしくお願いいたします。
我が国の軍の大佐の仕業といえども
他国のものを暗殺したとなれば、
個人の問題だけでは済まされなくなりますので、
その処分を直ちに執り行なうということは、正しい判断だと思いますし、当然、速やかに行うべき問題だと思いますが、軍の圧力によって天皇の意向が捻じ曲げられたと言うことは、天皇自身のお気持ちの上でも非常に遺憾な
ことだったと思います。(遺憾に思うところではなかったのでしょうけれど)
この当時の軍の権力・権限とは、天皇よりも上だったのでしょうか。
応援凸
お元気そうで何よりですね。
こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。
当時の軍部は統帥権干犯問題が表面化する一歩手前でしたが、次第に内閣や政府の言うことを聞かなくなっていました。その背景には「ある思想」があるのですが、これについては日を改めて紹介することになります。
いく様子が これから 顕著になっていくでしょう
それは昭和天皇のお気持ちとは 全く
相反することだったと 私は思っています
第二次世界大戦への道のりの
真実 黒田先生に期待しています
> いく様子が これから 顕著になっていくでしょう
> それは昭和天皇のお気持ちとは 全く
> 相反することだったと 私は思っています
仰るとおりです。
陛下のためと口にしながら、陛下にとって大事な人々を犠牲にするという大きな矛盾が、この後明らかになります。
> 第二次世界大戦への道のりの
> 真実 黒田先生に期待しています
有難うございます。
今回は真実について直接問いかけることはありませんが、陛下のお立場を中心に側面から眺めてみたいと考えております。
本当にその通りですね。
素人的な意見ですが、私は立憲君主制のバランスが悪かったのは、天皇が誠実すぎるお方だったかもと思っています。
というのは、イギリスも立憲君主制ですが、かなりの(?)腹黒さで、二枚舌で、イメージ的には日本は小学一年生でイギリスは太ってひげを生やしたしぶといお爺さんという感じがします。
今の日本は中学一年生くらいのイメージでしょうか?
とにかく日本は歴史をしっかり勉強して、騙されないようにしてほしいです。
我が国の天皇も125人存在されておられるので、中には豪傑の名にふさわしい方もおられるようですが、近現代ではむしろ「誠実な陛下」の印象が強いように感じられます。
君主が誠実なお方であっても、その下の政府が維新の元勲のように「食わせ者」であれば大丈夫なんですが、昭和の初期はどちらも真面目すぎるような思いもします。
せっかく過去に成功したとは言い難い歴史があるのですから、しっかり学んで二度と騙されないようにしたいものですね。