しかし、会議に出席していた列強諸国(れっきょうしょこく)が条約の違法性を認めずに密使の会議への参加を拒絶(きょぜつ)したことで、韓国は目標を達成できませんでした。高宗や密使らの当初の思惑(おもわく)とは裏腹(うらはら)に、国際社会が第二次日韓協約の正当性を認めたことにもつながったのです。
韓国の面従腹背(めんじゅうふくはい、表面では服従するように見せかけて、内心では反抗すること)ぶりが明らかになったことで、韓国は当時の国際社会の信頼を損(そこ)なうと同時に我が国の激怒を招(まね)き、高宗は退位に追い込まれました。
そして同年に第三次日韓協約(だいさんじにっかんきょうやく)が結ばれ、韓国の内政権は完全に日本の管轄下に入り、我が国による統治(とうち)が強化されることになりました。




いつも有難うございます。
トラックバック(0) |
サクラ 今まで受身でいながら、しかしちゃっかり密使を送ってたんですね。
事大国が日本でいけなかった理由は、やはり強い上下関係意識からでしょうか。
それにしても「違法性」が認められると思ったあたり、国際意識の薄さが感じられます。
最新の人権感覚と民族意識で当時を見る愚かさ。
晴雨堂ミカエル この時代の空気を冷静に評価できるのは黒田氏のような方で、護憲派日本人や現代の韓国人には無理でしょう。
韓国人も本音の部分では判っているとは思うのです。韓流時代劇などを観れば、当時の朝鮮は国民国家ではなく中国から冊封というコンセンサスを得て中国皇帝の臣下としての「王国」の名義を維持してきた長い歴史に培われた国家権力の「性格」「体質」があります。中国からの承認が無ければ、国王の資格すら危うくなる。
日本派・中国派・露西亜派に分かれての宮廷内権力闘争が展開されていたことでしょう。自主独立する概念がイマイチ乏しかった。
ですから、日本の幕末明治維新に羨望する韓国の民族主義的保守政治家はけっこう多いのです。
また、古参の民主化運動家の多くは朝日新聞を読んで育っています。たとえば「ハンギョレ新聞」の創業者たちなど。
サクラさんへ
黒田裕樹 > 今まで受身でいながら、しかしちゃっかり密使を送ってたんですね。
> 事大国が日本でいけなかった理由は、やはり強い上下関係意識からでしょうか。
> それにしても「違法性」が認められると思ったあたり、国際意識の薄さが感じられます。
密使を送った主な理由は、仰るとおり中華思想に由来する上下関係があったからでしょう。
それにしても、19世紀以降の国際的な法律関係に無知であるということは、やはり国家としては問題があるといわざるを得ないような気がします。
晴雨堂ミカエルさんへ
黒田裕樹 お言葉有難うございます。
仰るとおり、当時の国家関係は当時の国家間や歴史観、あるいは倫理観で判断すべきであり、そのためにも正確な歴史的知識が不可欠です。
建前ではなく、本音の部分で史実に沿った歴史観のもとに当時を振り返ってほしいものです。
黒田裕樹
風早 りら 第二次日韓協約から第三次日韓協約
に至るまでの 経過が よく 説明されていて
分かりやすかったです
こんな 克明に 日韓のことを
知っている 人がどれだけいる事でしょう
黒田裕樹さんに テレビで講演して欲しいです
そうなる事を祈って応援しています
ぴーち こんばんは!
高宗は、自ら「墓穴を掘る」行為となって
しまった様ですね。いつの時代も、悪(心)の栄えた試し無し・・と言った所でしょうか。
(少々、強引かも知れませんが^^;)
今回の民主党の選挙も、O氏の野望は
あえなく葬り去られてしまいました。
自身の驕りと、国民を侮った考えが
招いた結果です。
甘かったですね。
応援凸
風早りらさんへ
黒田裕樹 > 第二次日韓協約から第三次日韓協約
> に至るまでの 経過が よく 説明されていて
> 分かりやすかったです
> こんな 克明に 日韓のことを
> 知っている 人がどれだけいる事でしょう
> 黒田裕樹さんに テレビで講演して欲しいです
> そうなる事を祈って応援しています
有難うございます。
歴史研究には我が国の立場にたったとしても、冷静な評価が求められます。
テレビの講演ですか…。夢のような話ですが、実現するかどうかはともかく、前進して行きたいですね。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 > 高宗は、自ら「墓穴を掘る」行為となって
> しまった様ですね。いつの時代も、悪(心)の栄えた試し無し・・と言った所でしょうか。
> (少々、強引かも知れませんが^^;)
> 今回の民主党の選挙も、O氏の野望は
> あえなく葬り去られてしまいました。
> 自身の驕りと、国民を侮った考えが
> 招いた結果です。
> 甘かったですね。
いくら不満に思っているからといっても、国際的なルールを無視した強引な行為はやはりそう簡単には認められませんよね。
仰るように、強引な手法は、側近ならともかく、多くの人間の共感を呼ぶには至らないようです。
紗那 なるほど……
なかなか抜け目がないですね……
しかし、少し読み誤ってしまったのですね^^;
当時の世界でも、日本は重要な国だったということなんでしょうか。
この流れで、第三次に突入すると。そもそも第三次とかの条約すら知りませんでした。
段階を踏んでたんですね……!
紗那さんへ
黒田裕樹 > なるほど……
> なかなか抜け目がないですね……
> しかし、少し読み誤ってしまったのですね^^;
抜け目はないんですけど、国際社会のルールについては明るくなかったようですね。
会議にすら参加できませんでしたし。
> 当時の世界でも、日本は重要な国だったということなんでしょうか。
日露戦争に勝ったばかりですからね。国際社会の目も俄然(がぜん)変わってきますよ。
> この流れで、第三次に突入すると。そもそも第三次とかの条約すら知りませんでした。
> 段階を踏んでたんですね……!
そのとおりです。いきなり併合したわけではなく、第一次~第三次という流れがちゃんとあったんですよ。
併合についても、この頃にはまだそのつもりはなかったのですが…。
事大国が日本でいけなかった理由は、やはり強い上下関係意識からでしょうか。
それにしても「違法性」が認められると思ったあたり、国際意識の薄さが感じられます。
韓国人も本音の部分では判っているとは思うのです。韓流時代劇などを観れば、当時の朝鮮は国民国家ではなく中国から冊封というコンセンサスを得て中国皇帝の臣下としての「王国」の名義を維持してきた長い歴史に培われた国家権力の「性格」「体質」があります。中国からの承認が無ければ、国王の資格すら危うくなる。
日本派・中国派・露西亜派に分かれての宮廷内権力闘争が展開されていたことでしょう。自主独立する概念がイマイチ乏しかった。
ですから、日本の幕末明治維新に羨望する韓国の民族主義的保守政治家はけっこう多いのです。
また、古参の民主化運動家の多くは朝日新聞を読んで育っています。たとえば「ハンギョレ新聞」の創業者たちなど。
> 事大国が日本でいけなかった理由は、やはり強い上下関係意識からでしょうか。
> それにしても「違法性」が認められると思ったあたり、国際意識の薄さが感じられます。
密使を送った主な理由は、仰るとおり中華思想に由来する上下関係があったからでしょう。
それにしても、19世紀以降の国際的な法律関係に無知であるということは、やはり国家としては問題があるといわざるを得ないような気がします。
仰るとおり、当時の国家関係は当時の国家間や歴史観、あるいは倫理観で判断すべきであり、そのためにも正確な歴史的知識が不可欠です。
建前ではなく、本音の部分で史実に沿った歴史観のもとに当時を振り返ってほしいものです。
に至るまでの 経過が よく 説明されていて
分かりやすかったです
こんな 克明に 日韓のことを
知っている 人がどれだけいる事でしょう
黒田裕樹さんに テレビで講演して欲しいです
そうなる事を祈って応援しています
高宗は、自ら「墓穴を掘る」行為となって
しまった様ですね。いつの時代も、悪(心)の栄えた試し無し・・と言った所でしょうか。
(少々、強引かも知れませんが^^;)
今回の民主党の選挙も、O氏の野望は
あえなく葬り去られてしまいました。
自身の驕りと、国民を侮った考えが
招いた結果です。
甘かったですね。
応援凸
> に至るまでの 経過が よく 説明されていて
> 分かりやすかったです
> こんな 克明に 日韓のことを
> 知っている 人がどれだけいる事でしょう
> 黒田裕樹さんに テレビで講演して欲しいです
> そうなる事を祈って応援しています
有難うございます。
歴史研究には我が国の立場にたったとしても、冷静な評価が求められます。
テレビの講演ですか…。夢のような話ですが、実現するかどうかはともかく、前進して行きたいですね。
> しまった様ですね。いつの時代も、悪(心)の栄えた試し無し・・と言った所でしょうか。
> (少々、強引かも知れませんが^^;)
> 今回の民主党の選挙も、O氏の野望は
> あえなく葬り去られてしまいました。
> 自身の驕りと、国民を侮った考えが
> 招いた結果です。
> 甘かったですね。
いくら不満に思っているからといっても、国際的なルールを無視した強引な行為はやはりそう簡単には認められませんよね。
仰るように、強引な手法は、側近ならともかく、多くの人間の共感を呼ぶには至らないようです。
なかなか抜け目がないですね……
しかし、少し読み誤ってしまったのですね^^;
当時の世界でも、日本は重要な国だったということなんでしょうか。
この流れで、第三次に突入すると。そもそも第三次とかの条約すら知りませんでした。
段階を踏んでたんですね……!
> なかなか抜け目がないですね……
> しかし、少し読み誤ってしまったのですね^^;
抜け目はないんですけど、国際社会のルールについては明るくなかったようですね。
会議にすら参加できませんでしたし。
> 当時の世界でも、日本は重要な国だったということなんでしょうか。
日露戦争に勝ったばかりですからね。国際社会の目も俄然(がぜん)変わってきますよ。
> この流れで、第三次に突入すると。そもそも第三次とかの条約すら知りませんでした。
> 段階を踏んでたんですね……!
そのとおりです。いきなり併合したわけではなく、第一次~第三次という流れがちゃんとあったんですよ。
併合についても、この頃にはまだそのつもりはなかったのですが…。