つまり、東照大権現として祀られるのは家康自身の意思によるものなのです。しかも、権現とは神の化身(けしん、仮の姿という意味)という意味ですから、まさに家康を現人神(あらひとがみ)、すなわち「生き神様」として祀っていることになります。
信長が「自分を神として祀る」ことは確かに破天荒なことでしたが、これがきっかけとなって、家康が同じように「権現様」と祀られても何の違和感もなかったことが、信長の考えが結果として人々に受けいれられた間接的な証拠とはならないでしょうか。
ところで、既存の権威を超えるために「自らが神になる」と宣言した信長でしたが、絶対的な権力を持つ為政者(いせいしゃ)が自らを神格化することは、同時に「自分が正しいと思うことは何でも正しい」という独裁的で危険な思想を持つことにもつながっていました。
そして、そんな考えの先に待っていたのが「本能寺の変」だったのです。
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