一方、平山城であれば城の周囲に大きな堀を設けたり、あるいは城自身を高く設計したりすることで、射程距離にかからないようにすることが可能になりますし、さらに城に立てこもれば、内部へと迫ってくる敵を鉄砲で狙い撃ちすることもできます。
しかも、山城に比べて交通の便が良い平山城であれば、城下町をさらに大きく広げることができて、経済はますます活性化します。そして、経済が発達して収入を増やすことができれば、さらに大きくて頑丈な城を建てることができたのです。
天正5(1577)年、信長は安土の城下町に楽市令を出して商人の自由な経済活動を支えると多くの商人が集まり、信長は兵力のみならず財力という大きな武器を手に入れました。
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