東洋艦隊を壊滅状態に追い込んだことで対英戦争の大勢を決した日本軍は、同じ12月10日に海軍がアメリカ領グアム島を占領すると、フィリピンのルソン島への上陸を皮切りに、フィリピンのミンダナオ島・ウェーク島・イギリス領香港・マニラ・セレベス島・ラバウル・ニューブリテン島ガスマタ、そして重要な産油地であったオランダ植民地のスマトラ島パレンバンなどに次々と上陸あるいは占領し続けました。
そして翌昭和17(1942)年2月15日には、イギリスのアジア支配の拠点であったシンガポールを陥落(かんらく)させ、さらに翌3月にはオランダが支配していたジャワ島バタビア(現在のジャカルタ)を占領し、オランダ軍を降伏させました。
同じ3月にはビルマ(現在のミャンマー)のラングーン(現在のヤンゴン)も占領し、インドに向かって快進撃を続けるなど、日本軍は各地でアメリカ・イギリス・オランダ軍を破り、大東亜戦争の緒戦を制しました。
なお、フィリピンでの戦いに敗れた現地司令官のマッカーサーは、日本軍に追いつめられて敵前逃亡しましたが、軍歴に消すことのできない汚点を残したことで我が国を深く恨み、後のGHQによる我が国の占領支配に影響を与えたともいわれています。
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