この絶体絶命のピンチに頼朝を助けたとされるのが梶原景時(かじわらかげとき)であり、景時は以後も頼朝の片腕となって活躍することになります。
一方、頼朝の挙兵に対して激怒した平清盛でしたが、石橋山の戦いの結果を聞くと安心したのか、それ以上頼朝を追討するのをためらってしまいました。
その間に安房(あわ、現在の千葉県南部)に逃れた頼朝が再度挙兵して進軍するうちに東国の武士が続々と集結して、あっという間に数万の大軍にふくれ上がってしまいました。いわば平氏の一瞬の油断が頼朝の再起を可能にしてしまったのです。
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