彼は最初のうちは事態を静観していましたが、やがて計画が全国的に明らかになると、激怒した相手方の武家の棟梁は「自己の政権に反対する勢力を皆殺しにする」と宣言しました。
自分の生命の危機を知った彼は、座して死を待つよりはと覚悟を決め、舅(しゅうと、自分の妻の父のこと)である北条時政(ほうじょうときまさ)とともに挙兵しました。
その彼こそが「源頼朝(みなもとのよりとも)」だったのです。
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