昭和6(1931)年12月に成立した犬養毅(いぬかいつよし)内閣の大蔵大臣となった元首相の高橋是清(たかはしこれきよ)は、不況の一因となった金輸出を直ちに再禁止(=金輸出再禁止)し、さらに銀行券の金への兌換(だかん、銀行券を正貨=一国の貨幣制度の基準となる貨幣と引き換えること)を停止しました。これによって我が国は金本位制から離れ、管理通貨制度へと移行することになりました。
さて、我が国が金本位制から脱したということは、それまでの財政の足かせとなっていた「国内における金の保有量に左右される」こともなく、フリーハンドな財政政策が可能となることを意味していました。また、我が国が金輸出再禁止に踏み切ったことで、国際的な円の相場が下落する傾向にありました。
高橋蔵相はこれらの流れを生かし、我が国の為替相場を計画的に低くしたほか、円安を利用して輸出を増加させました。また赤字公債を発行して軍事費・農村救済費などの公共事業や公共投資を積極的に行い、我が国の内需を拡大させる政策をとりました。
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