何しろ他の列強は、1915(大正4)年にアメリカがハイチを侵攻した際に約20年間も占領し続けたように、明らかな侵略の意図を持っていたのが当然だったからです。
ただ、事情はどうあれ、満州国が日本の影響を強く受けているという事実は動かしがたいものがあるかもしれませんが、これも国際的な慣例からすればそう珍しいことではないのです。例えばモナコ公国は長い間フランスの保護国として外交権を委(ゆだ)ねていましたが、だからといってモナコがフランスの傀儡(かいらい)政権だという見方が成立するでしょうか。
それに、満州国は我が国のみが承認したわけではありません。満州の権益を狙っていたアメリカは満州事変を「九か国条約違反」として我が国を非難しましたが、イギリスは「満州国の独立宣言は九か国条約によって禁じられない」という見解を示し、満州国を事実上容認しました。
なぜなら、満州事変や満州国の建国が日本人居留民の保護を目的としていたことを、同じように中国大陸に利権を持っていたイギリスが理解していたからです。また、イギリスにとっては自国の利権を侵害さえしなければ、満州国の存在が対ソ連の防波堤としてかえって好都合であることを見抜いていたと思われます。
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