当時の老中であった堀田正睦(ほったまさよし)はアメリカとの通商に理解を示しましたが、幕府の独断で通商条約を結べば、開国に反対して外国を排斥(はいせき)しようとする攘夷派(じょういは)の激しい反発を招く可能性があることを警戒しました。
そこで、堀田は条約の締結に際して天皇の許可、すなわち勅許(ちょっきょ)を得ることで世論を納得させようと考えました。封建社会において、それまでは独断で何事も強行してきた幕府でしたが、この頃には朝廷の顔色をうかがわなければならないまでに権威が低下していたのです。
しかし、堀田の狙(ねら)いは裏目に出てしまいました。当時の孝明(こうめい)天皇をはじめとして、朝廷に攘夷派の意見が強く、容易に勅許が下りなかったのです。自分で仕掛けた足枷(あしかせ)により行きづまった幕府に対して、ハリスは当時の世界を揺(ゆ)るがした大きな出来事を利用して、追い打ちをかけるかのように通商を迫りました。
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