また、電気機械など機械産業の国産化も進んで、重化学工業が工業生産全体の約30%を占(し)めるようになりました。大戦景気は我が国の工業生産の構造をも変えてしまったのです。さらには輸出の拡大が繊維業の発展をもうながし、チャイナで工場経営を行う紡績業、すなわち「在華紡(ざいかぼう)」の業績も上昇しました。
大戦景気によって工業生産額は約5倍に拡大し、大正8(1919)年には農業生産額を上回りました。また、工場労働者数は大正3(1914)年の約85万人から大正8(1919)年には約150万人にまで達し、重化学工業の発展に伴って男子労働者の数が大幅に増えました。
このように第一次世界大戦は我が国内に大きな影響をもたらしたのですが、戦争は必ずいつかは終わりを迎えるものです。それは大戦といえども例外ではなく、様々な需要を生み出した戦争が終われば、やがて我が国の景気が後退してしまうのは必然でもありました。
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