水野はかつての享保(きょうほう)・寛政の両改革を手本とし、衰えつつあった江戸幕府の権力強化を目指して改革を行ったのですが、その手法は先の両改革よりも過激なものであり、結果として庶民の暮らしが大きな打撃を受けることになりました。
まず水野は将軍や大奥も含めた非常に厳しい倹約令を出し、ぜいたく品や華美な衣服を禁じました。ここまでは前の改革とはそれほど大きな差はありませんが、問題なのはその「陰湿さ」でした。
幕府の意を受けた南町奉行所では、町に密偵を放って幕府の政治に対する悪口を言わせ、それに乗ってきた庶民を「幕府を批判した」と言って捕まえたり、倹約令によって禁止されていた絹の着物を着ている疑いがあるとして、往来の真ん中で女性を無理やり裸にしたりしたと伝えられています。
これらを指揮した人物こそが、先の「蛮社の獄」を取り締まった南町奉行の鳥居耀蔵(とりいようぞう)であり、また当時の北町奉行は時代劇の「遠山の金さん」で有名な遠山景元(とおやまかげもと)でした。遠山はやがて水野や鳥居と対立することになります。
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