飢饉によって農村や都市部では貧窮者(ひんきゅうしゃ)があふれ返り、また追いつめられた農民や庶民らが激しい一揆(いっき)や商家に対する打ちこわしを続発させました。
このような全国的な大飢饉に対して幕府や各藩は適切な救民対策を行うことはなく、逆に商家と結託してコメを買い占めることで暴利をむさぼる行為が目立ちました。
「天下の台所」と呼ばれ、全国から様々な物資が集まるはずの大坂においても、容赦ない買い占め行為によってコメ不足となり、多くの人々が飢えに苦しみました。そんな様子を見かねた、大坂町奉行の与力(よりき)をかつて務めていた一人の男が何度も窮状(きゅうじょう)を奉行所へ訴えましたが、幕府への点数稼ぎのために積極的に江戸へコメを回していた役人が彼の献策に聞く耳を持つはずがありませんでした。
その元与力の男の名を大塩平八郎(おおしおへいはちろう)といいました。
※黒田裕樹の「百万人の歴史講座」をご紹介します。詳しくは下記のバナーをご覧ください。
※「黒田裕樹の歴史講座+日本史道場+東京歴史塾」のご案内です。他の教師とは全く異なる、歴史全体の大きな流れを重視した「分かりやすくて楽しい歴史」をモットーに多くの方にお教えいたします。詳しくは下記のバナーをご覧ください。
※無料メルマガ「黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編」の登録はこちらからどうぞ。多くの皆様のご購読をよろしくお願いいたします。


いつも応援いただきまして、本当に有難うございます。