そんな宗教勢力に対して、焼討ちや反対勢力の皆殺しなどの思い切った手法で一掃(いっそう)したのが織田信長であり、豊臣秀吉もその政策を受け継ぎました。家康も二人にならって政教分離を進め、その遺志を継いだ江戸幕府によって「寺請制度」として完成したのです。
先述のとおり、寺請制度によって国民は必ずどこかの檀家にならねばならず、また離脱する自由も認められなくなった一方で、寺院側はそれこそ「何もしなくても」檀家の参詣や法要、あるいは付け届けで生計が立つようになりました。一見すれば「寺院が住民を支配している制度」ですが、その裏で国家権力が寺院に「権益」を与えて逆に統制することで、宗教が政治に関わる必要を一切なくしてしまったのです。
かくして、我が国では宗教が政治に関わることがいつしか「あり得ない」こととなり、政教分離の原則が完全に定着しました。そして、これらによる恩恵あるいは影響は、現代においてもなお続いているのです。
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