ご即位後は全く自由が許されない、極度に多忙な日々を送られることになられた大正天皇は、山県有朋(やまがたありとも)ら元老との折り合いも悪く、ストレスが増大されたことから健康状態が再び悪化されました。
ご病状の悪化に伴い、大正10(1921)年には皇太子の裕仁親王が摂政となられると、これ以降大正天皇が政務に復帰されることはありませんでした。しかし、大正天皇は日常的に漢詩を詠まれるほどのご聡明であり、知性あふれる天皇であったと伝えられています。
なお、大正天皇が帝国議会の開院式で勅語を読み上げられた後に、お持ちの証書をクルクルと丸められ、まるで遠眼鏡(とおめがね)のようにして議場を見回したとされる「遠眼鏡事件」が知られていますが、これを事実とする一次史料はなく、信憑性(しんぴょうせい)は低いとされています。
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