当初の徴兵令には様々な例外規定があり、戸主や官吏・学生などは兵役が免除されていたほか、代人料として当時は高額だった金270円を納めた者も免除されており、中には「徴兵免役心得(ちょうへいのがるるのこころえ)」のような冊子(さっし)をつくって売る人物もいたそうです。
このため、実際に兵役についたのは、ほとんどが農家の二男以下でした。また、徴兵告諭の中の外国語を直訳した「血税(けつぜい)」という言葉が「徴兵されたら血を抜かれる」と誤解されたことで、全国で「血税一揆」などの騒動が起きるなど、当初は混乱が多発したものの、国民皆兵は次第に我が国に広がっていきました。
しかし、国民皆兵の我が国への広がりは、同時に「軍事の専門職」として存在していた、かつての武士である士族が我が国で不要となったことを意味しており、政府はこの後に、先述した秩禄処分や廃刀令といった、士族の特権を奪う政策を行うようになりました。
特権を奪われた士族は、やがて各地で反乱を起こしますが、徴兵令で編成された政府の軍隊と対決して敗北することで、国民皆兵が完全に定着することになるのです(詳細は後述します)。
※黒田裕樹の「百万人の歴史講座」が始まりました。詳しくは下記のバナーをご覧ください。
※「黒田裕樹の朝活歴史講座+日本史道場」のご案内です。他の教師とは全く異なる、歴史全体の大きな流れを重視した「分かりやすくて楽しい歴史」をモットーに多くの方にお教えいたします。詳しくは下記のバナーをご覧ください。
※平成28年4月13日(水)創刊!無料メルマガ「黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編」の登録はこちらからどうぞ。多くの皆様のご購読をよろしくお願いいたします。



いつも応援いただきまして、本当に有難うございます。