こうした「戦国の遺風」が原因と見られる数々の問題に対して、真正面から取り組んでいったのが時の為政者(いせいしゃ)であった綱吉だったのです。綱吉は、まず武士に染み付いた戦国時代の考え方を改めさせるために、1683年に武家諸法度(ぶけしょはっと)を改訂して、冒頭(ぼうとう)の「弓馬(きゅうば)の道」を「忠孝(ちゅうこう)の道」に改めました。
それまでは弓馬、すなわち武芸に励むことこそが武士の心得とされていたのが、忠孝の道、すなわち人として生きる道や道徳に励むことこそが重要であるという意識の変革をはかったのです。綱吉自身が若い頃から学んだ儒学に基づいた、新たな社会秩序の制定でもありました。
さらに綱吉は、武士ばかりでなく町人に対しても「忠孝の道」を定着させようとしました。そのためには何をなすべきなのか。考え抜いた綱吉の結論が、武家諸法度のように法令によって庶民に道徳心を身につけさせることでした。
こうして1685年に「鳥類を銃で撃ってはならない」というお触れが出され、以後約20年間に渡って次々と新しい法令が出されました。
世にいう「生類憐みの令」の始まりです。




いつも有難うございます。
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紗那 ん~・・・・・・ 確かにここまでの流れを見ると、やってることって実は普通ですね。
なんか綱吉さんを誤解してたかもです。
やっぱり、やりすぎはだめってことでしょうか。
ていうか、綱吉さんになるまでに、そんな治安が悪かったというのも驚きです。びっくりです。
やはり勉強になるです。
かすやぶひ こんにちは、綱吉は犬将軍のイメージしかなかったです。。。
しかし低身長症の可能性があるなんて、知りませんでした。
位牌からそれを読み解くなんて参考になります。
ぴーち こんばんは!
そうだったんですか。。
でも、こうして詳しくお話を伺っていると
それまでの歴史上に存在する「悪法」と呼ばれる
法も、その時代に制定されなければいけないそれなりの理由があったのかもしれないと思うと、それまでの固定観念が
覆されそうですね^^;
生まれるべくして、生まれた法。。
なるほど。。奥が深いです。
それと同時に事実というのは、どうして、こうも
歪められてしまうものかと、不思議な感じがしますね~。。よく何十人かが輪になって、最初の出題者が、最初の人に口伝えで、ある一文を耳打ちし、その一文が全部の人に回され、一巡した頃には、最初の内容と
微妙に違っていたり、時には正反対の答えが戻って来てしまうと言ったゲームを思い出してしまいました^^
(お判りになりましたか?w説明が下手ですみません)
あ、それと、
動画のカメラの位置が、少し前方になりましたでしょうか?とても、お顔が良く拝見出るし、黒板の字も見えやすくなりました^^
それでは、応援凸
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紗那さんへ
黒田裕樹 > ん~・・・・・・ 確かにここまでの流れを見ると、やってることって実は普通ですね。
> なんか綱吉さんを誤解してたかもです。
誤解させる材料がそろいすぎていますからねぇ…。無理もないと思います。
> やっぱり、やりすぎはだめってことでしょうか。
エスカレートしたのは事実ですが、そうしないとなかなか定着しなかったという一面もありますからね。一概には言えないのかもしれません。
> ていうか、綱吉さんになるまでに、そんな治安が悪かったというのも驚きです。びっくりです。
> やはり勉強になるです。
有難うございます。歴史の教師である以上は、教科書に書かれていないような「真実」を伝えることも大事ですからね。
かすやぶひさんへ
黒田裕樹 > こんにちは、綱吉は犬将軍のイメージしかなかったです。。。
イメージが先行しているところが、綱吉公の不幸なところでもありますね。もっとも、そうなってしまったのには、綱吉公にはどうすることもできない理由があったのですが…。
> しかし低身長症の可能性があるなんて、知りませんでした。
> 位牌からそれを読み解くなんて参考になります。
間接的な証拠というのも重要ですね。事実を見るだけではなく、事実から考察することも歴史の楽しみの一つです。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 「悪法」といえども「法」であるうえに、当時と現代の善悪観の違いや、当時の複雑な事情も考慮しないと、今回のような歴史の「落とし穴」にはまってしまいますね。仰るように「生まれるべくして、生まれた法」というのもこの世には存在しますから。
伝言ゲームのことですね。確かに、自分の本当の思いが他人に正しく伝わらないことはままありますね。
今回の会場は、場所そのものは同じですが教室が変わったんですよね。その影響もあって一から設定し直したことが奏功しているのかもしれません。ご覧いただき有難うございますm(_ _)m
そうでしたか
JJSG こんばんは。
忠孝の道
忠は、主人への忠義。
孝は、親孝行。
だと思っていますが、人として生きる道、道徳に励むことですか。。。
この忠孝の意味の捉え方だけで、綱吉のやろうとしていたことの理解、ニュアンスが変わってきますね。
とはいえ、これまでの講義で、とりあえず、綱吉はお馬鹿将軍ではないことがわかってきました。
JJSGさんへ
黒田裕樹 儒学に精通していた綱吉だからこそ気づいたのかもしれませんが、忠も孝も日本人にとっては道徳の道へとつながると思います。
記事でも書きましたが、生類憐みの令は、綱吉にとっては自己の理想を実現するための切り札でもありました。これだけのことを考えられる綱吉が愚かなわけがありませんよね。
なんか綱吉さんを誤解してたかもです。
やっぱり、やりすぎはだめってことでしょうか。
ていうか、綱吉さんになるまでに、そんな治安が悪かったというのも驚きです。びっくりです。
やはり勉強になるです。
しかし低身長症の可能性があるなんて、知りませんでした。
位牌からそれを読み解くなんて参考になります。
そうだったんですか。。
でも、こうして詳しくお話を伺っていると
それまでの歴史上に存在する「悪法」と呼ばれる
法も、その時代に制定されなければいけないそれなりの理由があったのかもしれないと思うと、それまでの固定観念が
覆されそうですね^^;
生まれるべくして、生まれた法。。
なるほど。。奥が深いです。
それと同時に事実というのは、どうして、こうも
歪められてしまうものかと、不思議な感じがしますね~。。よく何十人かが輪になって、最初の出題者が、最初の人に口伝えで、ある一文を耳打ちし、その一文が全部の人に回され、一巡した頃には、最初の内容と
微妙に違っていたり、時には正反対の答えが戻って来てしまうと言ったゲームを思い出してしまいました^^
(お判りになりましたか?w説明が下手ですみません)
あ、それと、
動画のカメラの位置が、少し前方になりましたでしょうか?とても、お顔が良く拝見出るし、黒板の字も見えやすくなりました^^
それでは、応援凸
> なんか綱吉さんを誤解してたかもです。
誤解させる材料がそろいすぎていますからねぇ…。無理もないと思います。
> やっぱり、やりすぎはだめってことでしょうか。
エスカレートしたのは事実ですが、そうしないとなかなか定着しなかったという一面もありますからね。一概には言えないのかもしれません。
> ていうか、綱吉さんになるまでに、そんな治安が悪かったというのも驚きです。びっくりです。
> やはり勉強になるです。
有難うございます。歴史の教師である以上は、教科書に書かれていないような「真実」を伝えることも大事ですからね。
イメージが先行しているところが、綱吉公の不幸なところでもありますね。もっとも、そうなってしまったのには、綱吉公にはどうすることもできない理由があったのですが…。
> しかし低身長症の可能性があるなんて、知りませんでした。
> 位牌からそれを読み解くなんて参考になります。
間接的な証拠というのも重要ですね。事実を見るだけではなく、事実から考察することも歴史の楽しみの一つです。
伝言ゲームのことですね。確かに、自分の本当の思いが他人に正しく伝わらないことはままありますね。
今回の会場は、場所そのものは同じですが教室が変わったんですよね。その影響もあって一から設定し直したことが奏功しているのかもしれません。ご覧いただき有難うございますm(_ _)m
忠孝の道
忠は、主人への忠義。
孝は、親孝行。
だと思っていますが、人として生きる道、道徳に励むことですか。。。
この忠孝の意味の捉え方だけで、綱吉のやろうとしていたことの理解、ニュアンスが変わってきますね。
とはいえ、これまでの講義で、とりあえず、綱吉はお馬鹿将軍ではないことがわかってきました。
記事でも書きましたが、生類憐みの令は、綱吉にとっては自己の理想を実現するための切り札でもありました。これだけのことを考えられる綱吉が愚かなわけがありませんよね。