しかし、当時の我が国は復興への道をようやく歩み始めたばかりであり、経済に過酷な負担を強いることになる再軍備が、現実的に可能だったかどうかという見方もあります。
また、朝鮮戦争によって最終的に数百万人もの尊い生命が失われていることから、終戦間もない我が国が、戦争に参加することで多数の犠牲者を出すことを、当時の国内世論が受けいれたかどうかということも、判断材料の一つとしてとらえるべきではないでしょうか。
いずれにせよ、アメリカによる再軍備の要求は、我が国における講和問題への関心をより加速させる効果をもたらしましたが、同時に講和方針をめぐって国論を二分する対立も生み出していました。
※下記の映像は11月23日までの掲載分をまとめたものです。





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ぴーち こんばんは!
昨日と同じような内容のコメントをさせて頂きますが、それこそ戦後10年にも満たない間に
また軍備などと言われても、困りますよね。
本当に、アメリカの身勝手な言い分には閉口します。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 そのとおりですね。
当時の吉田首相の決断には賛否両論ありますが、少なくともアメリカの身勝手にどこまでも付き合う必要はないと思われます。
ぴーち おはようございます!
このお話は、国同士の問題ですが、
個人個人のお付き合いの中でも有りますよね。
例えば、同じクラスになった者同士で
虐めを行う立場の生徒と虐めに遭う生徒の関係も、
相手が自分の言いなりになると分かると
トコトンまで虐めが発展していきますものね。
自分自身の中で、これ以上は相手の欲求は
受け入れられないという線引が要求されますね。
ぴーちさんへ その2
黒田裕樹 なるほど、興味深い例えですね。
アメリカの底無しの欲望を食い止めたという点では、吉田首相の決断は評価されるべきかもしれません。
昨日と同じような内容のコメントをさせて頂きますが、それこそ戦後10年にも満たない間に
また軍備などと言われても、困りますよね。
本当に、アメリカの身勝手な言い分には閉口します。
当時の吉田首相の決断には賛否両論ありますが、少なくともアメリカの身勝手にどこまでも付き合う必要はないと思われます。
このお話は、国同士の問題ですが、
個人個人のお付き合いの中でも有りますよね。
例えば、同じクラスになった者同士で
虐めを行う立場の生徒と虐めに遭う生徒の関係も、
相手が自分の言いなりになると分かると
トコトンまで虐めが発展していきますものね。
自分自身の中で、これ以上は相手の欲求は
受け入れられないという線引が要求されますね。
アメリカの底無しの欲望を食い止めたという点では、吉田首相の決断は評価されるべきかもしれません。