言うまでもないことですが、20世紀の国家が石油なくして存在できるはずがありません。それなのに石油を我が国に一滴たりとも「売らない」というアメリカの行為は、我が国に「死ね」と言っているに等しい暴挙でした。
なお、1928(昭和3)年にパリ不戦条約が結ばれた際、条約批准の是非をめぐってアメリカ上院議会で討議が行われた際に、当時のケロッグ国務長官が「経済封鎖は戦争行為そのものである」と断言しています。彼の言葉を借りれば、アメリカによる石油禁輸こそが我が国に対する先制攻撃だとは言えないでしょうか。
石油禁輸で追いつめられた我が国は、昭和16年9月6日に昭和天皇ご臨席のもとで御前会議を開いて帝国国策遂行要領を決定し、対米交渉がまとまらなかった場合には、10月下旬を目安として、アジアに植民地を持つアメリカやイギリス・オランダに対する開戦方針が定められました。
なお、この会議において、戦争ではなくあくまで外交的な解決を望まれた昭和天皇は、明治天皇がお詠みになった御製をご披露されておられます。
「四方(よも)の海 みなはらからと 思う世に など波風の 立ち騒ぐらむ」
(※はらから=兄弟姉妹のこと)
※下記の映像は7月20日までの掲載分をまとめたものです。





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青田です。 黒田先生
青田です。
このアメリカですが、石油輸出の全面禁止の前に
日本に石油を高値で売って、ぼろ儲けしています。
青田さんへ
黒田裕樹 事実だとすれば由々しきことですね。
これこそ「戦争をやりたがっている」としか思えません。
ぴーち こんばんは!
確かに「戦争」というのは
武力を用いて行われる行為の事を差すのが
一般なのでしょうけれど、
今日のお話を伺っていると
直接的な攻撃では無いものの
経済の成長を止める行為は日本経済発展の「死」を
意味するものですものね。
これからの日本もそうでしょうけれど、
こういう卑怯な手口をいつ受けるか分かりませんので
自給自足で生きながらえることが出来る
方法を少しでも模索していくべきですね。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 理不尽な経済制裁も戦争を誘発しますからね。
自給自足をおろそかにすると、手痛いしっぺ返しを受けそうです。
日本も学ぼう
青田です。 黒田先生
青田です。
この蒋介石の『他人のふんどしで、相撲を取る。』能力は(フランス、中国共産党もお家芸)
正直、日本も学ばないといけないと思います。
小国が大国にたいして、生き残るために
これは、現在の『安保法案』でも同じです。
反対派は、アメリカに利用されると主張していますが、裏を返せば
日本からすれば、アメリカを利用できるということでもあります。
青田さんへ その2
黒田裕樹 確かにそうですね。
国力を本当に回復させるためには、一時的であっても「寄らば大樹の陰」が必要なこともあります。
最後に笑えばそれでいい。
青田です。 黒田先生
青田です。
実は、アメリカは、単独では、開戦する勇気はありませんでした。
かなり、びびっていました。
だからこそ、イギリス、オランダ、中国による日本の多方面作戦で、日本の力を分散することを考えていました。
本来なら、日本もこうなる前に、腸略、謀略、外交を駆使して、相手を分断するようにするべきでした。
戦国時代、毛利元就が、大国の大内氏、尼子氏の力を利用し、謀略を使い、最後には、一番、得をした能力が欲しかったです。
青田さんへ その3
黒田裕樹 仰るとおりかと思います。
青田です。
このアメリカですが、石油輸出の全面禁止の前に
日本に石油を高値で売って、ぼろ儲けしています。
これこそ「戦争をやりたがっている」としか思えません。
確かに「戦争」というのは
武力を用いて行われる行為の事を差すのが
一般なのでしょうけれど、
今日のお話を伺っていると
直接的な攻撃では無いものの
経済の成長を止める行為は日本経済発展の「死」を
意味するものですものね。
これからの日本もそうでしょうけれど、
こういう卑怯な手口をいつ受けるか分かりませんので
自給自足で生きながらえることが出来る
方法を少しでも模索していくべきですね。
自給自足をおろそかにすると、手痛いしっぺ返しを受けそうです。
青田です。
この蒋介石の『他人のふんどしで、相撲を取る。』能力は(フランス、中国共産党もお家芸)
正直、日本も学ばないといけないと思います。
小国が大国にたいして、生き残るために
これは、現在の『安保法案』でも同じです。
反対派は、アメリカに利用されると主張していますが、裏を返せば
日本からすれば、アメリカを利用できるということでもあります。
国力を本当に回復させるためには、一時的であっても「寄らば大樹の陰」が必要なこともあります。
青田です。
実は、アメリカは、単独では、開戦する勇気はありませんでした。
かなり、びびっていました。
だからこそ、イギリス、オランダ、中国による日本の多方面作戦で、日本の力を分散することを考えていました。
本来なら、日本もこうなる前に、腸略、謀略、外交を駆使して、相手を分断するようにするべきでした。
戦国時代、毛利元就が、大国の大内氏、尼子氏の力を利用し、謀略を使い、最後には、一番、得をした能力が欲しかったです。