ご聖断が下った後、阿南陸相は耐え切れずに激しく慟哭(どうこく、悲しみのあまり声をあげて泣くこと)しました。昭和天皇はそんな阿南に対して優しく声をおかけになりました。
「阿南、お前の気持ちはよく分かっている。しかし、私には国体を護れる確信がある」。
昭和天皇によるご聖断は下りましたが、それだけでは明治憲法の規定においては何の効力も持たず、内閣による閣議で承認されて初めて成立するものでした。もし閣議の前に阿南陸相が辞任して、後任者の選任を陸軍が拒否すれば、軍部大臣現役武官制によって鈴木内閣は崩壊し、ご聖断をなかったことにすることは可能でした。
陸軍の強硬派は戦争継続のために阿南陸相に辞任を迫りましたが、阿南は以下のように一喝(いっかつ)しました。
「ご聖断が下った以上はそれに従うだけだ。不服の者あらば自分の屍(しかばね)を越えてゆけ!」





いつも応援いただきまして、本当に有難うございます。
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ぴーち こんにちは!
貫太郎氏のご活躍も素晴らしいですが、
阿南陸相のこの時の覚悟も凄まじいものを感じますね。
この当時の閣僚は、皆が命がけで戦っていたのだなと改めて思いました。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 > 貫太郎氏のご活躍も素晴らしいですが、
> 阿南陸相のこの時の覚悟も凄まじいものを感じますね。
> この当時の閣僚は、皆が命がけで戦っていたのだなと改めて思いました。
本当にそうですよね。
現代の(特に前政権の無責任な)閣僚とは月とスッポンです。
貫太郎氏のご活躍も素晴らしいですが、
阿南陸相のこの時の覚悟も凄まじいものを感じますね。
この当時の閣僚は、皆が命がけで戦っていたのだなと改めて思いました。
> 阿南陸相のこの時の覚悟も凄まじいものを感じますね。
> この当時の閣僚は、皆が命がけで戦っていたのだなと改めて思いました。
本当にそうですよね。
現代の(特に前政権の無責任な)閣僚とは月とスッポンです。