第一次近衛文麿(このえふみまろ)内閣の後を受けて誕生(たんじょう)した平沼騏一郎(ひらぬまきいちろう)内閣は、昭和14(1939)年7月に国家総動員法に基(もと)づいて国民徴用令(こくみんちょうようれい)を制定し、国民を徴発(ちょうはつ)して軍需工場に動員することを可能としました。
国民徴用令によって多くの国民が強制的に労働に駆(か)り出された一方で、当時日本領であった朝鮮半島(ちょうせんはんとう)の人々は徴用を免除(めんじょ)されていました。その後、戦局の悪化(あっか)に伴(ともな)って昭和19(1944)年9月から朝鮮の人々にも国民徴用令が適用(てきよう)されましたが、日本本土(ほんど)への徴用が行われたのは昭和20(1945)年3月までの約7ヵ月間だけでした。
つまり、現代の朝鮮の一部の人々などがこれまで主張してきたいわゆる「強制連行(きょうせいれんこう)」は、当時の「日本国民全員」が等しく受けていた「徴用による労働の強制」に過ぎず、しかもその期間は一般的(いっぱんてき)な日本人よりも遥(はる)かに短かったのです。なお、戦時中の朝鮮半島に関する真実についてはいずれ改めて機会を設(もう)けて紹介(しょうかい)します。
(※下線を引いた事例については、リンク先もご参照下さい)





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晴雨堂ミカエル 現在、世間は「強制連行」の人数は150万から200万あたりで定説としているようですが、韓国の右翼は400万、北朝鮮に至っては800万を主張しています。そして左派市民や護憲派市民は韓国右翼や北朝鮮側の主張を鵜呑みにする傾向が強い。
興味深い事に、左派市民や護憲派市民は大戦末期の日本はじり貧である事を知っているし、そもそも物量的に脆弱なままアメリカと開戦した事も知っているし、戦線を拡大し過ぎて補給線が伸びきり息切れした事も認識しています。
ところが、朝鮮から400万から800万の「強制連行」が行われたという主張も信じる。
400万も800万も朝鮮から日本へ動員する輸送力があれば、戦艦大和や空母大鳳はもっと早く竣工していたし、なにより物量でアメリカに負ける事はあり得ません。
様々な情報の相関関係を掌握してこそ本当の姿が浮かび上がります。
ぴーち おはようございます!
一般的に
悪い噂は、世間に直ぐに拡散し易い特長がありますし、そこへ尾ひれが付いたり
実際ではあり得ない様な肉付けがされて、最後には大げさな事へと化けてしまうのが常ですね(*_*;
逆に良い事というのは、世間に広がりにくく、途中で消滅してしまう傾向にあるように思います。
ですので、正しい事実を浸透させて行くためには、一般大衆に対して有無も言わさぬ様な確固たる証拠とどんな悪路でも進みきれる様な力強いアピールとの両輪を共に動かしていく必要がありますね。
黒田さんのご主張がより多くの皆さんの胸に届きます様に、ご健闘を心よりお祈り致しております^^
応援凸
晴雨堂ミカエルさんへ
黒田裕樹 全くその通りだと思います。
自分の都合の良いように歴史を解釈する行為には大いなる疑問を感じます。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 有難うございます。
今後の更新に向けての大きな励みとなります。
興味深い事に、左派市民や護憲派市民は大戦末期の日本はじり貧である事を知っているし、そもそも物量的に脆弱なままアメリカと開戦した事も知っているし、戦線を拡大し過ぎて補給線が伸びきり息切れした事も認識しています。
ところが、朝鮮から400万から800万の「強制連行」が行われたという主張も信じる。
400万も800万も朝鮮から日本へ動員する輸送力があれば、戦艦大和や空母大鳳はもっと早く竣工していたし、なにより物量でアメリカに負ける事はあり得ません。
様々な情報の相関関係を掌握してこそ本当の姿が浮かび上がります。
一般的に
悪い噂は、世間に直ぐに拡散し易い特長がありますし、そこへ尾ひれが付いたり
実際ではあり得ない様な肉付けがされて、最後には大げさな事へと化けてしまうのが常ですね(*_*;
逆に良い事というのは、世間に広がりにくく、途中で消滅してしまう傾向にあるように思います。
ですので、正しい事実を浸透させて行くためには、一般大衆に対して有無も言わさぬ様な確固たる証拠とどんな悪路でも進みきれる様な力強いアピールとの両輪を共に動かしていく必要がありますね。
黒田さんのご主張がより多くの皆さんの胸に届きます様に、ご健闘を心よりお祈り致しております^^
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自分の都合の良いように歴史を解釈する行為には大いなる疑問を感じます。
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