しかし、これらを現代に置(お)き換(か)えればどうなるでしょうか。重要な営業などの接待(せったい)において、相手に対して葬式(そうしき)のような料理を出させ、さらには宿泊先の掃除(そうじ)すら出来ていないような有様(ありさま)だった場合、接待の指導並(なら)びに監督(かんとく)役の吉良は相手にどう申し開きをするでしょうか。
「いや、これらはすべて担当者である浅野の不始末(ふしまつ)であって、私には一切責任がありません」。
そんな言い訳(わけ)が通用するはずありませんよね。つまり、浅野の勅使饗応役としての任務に落ち度があっては指南役の吉良の責任が真っ先に問われるのですから、忠臣蔵で見られるような「吉良による浅野へのいじめ」は現実には有り得ないのです。
では、刃傷当日の「吉良による浅野への罵倒」はどうなのでしょうか。





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ぴーち こんばんは!
確かに、現代に置き換えれば
指南役である吉良上野介の采配は、よくありがちな状況であり、その言葉に部下がいちいち恨みを
持つようになるとしたら、それこそ上司の命はいくらあっても足りませんよね(^^ゞ
そう考えると、「忠臣蔵」の話は双方の意見を公平な立場の者が書き記したものではなく、一方だけの意見だけで描かれた物語であるように思えて来ました。
よく「いじめ」問題で、「虐められた」と申告した者の意見だけを聞くと、確かに可哀想に聞こえて来ますが、虐めを行ったとされる人物に理由を求めた時に、虐めようと思って言った言葉ではないと、それが虐めであったという事すら、認識していないという事もありますよね。
やはり双方側の意見を聞くと一方だけの話を
聞いた時とは随分、展開が異なっているものですよね。
応援凸
ぴーちさんへ
黒田裕樹 仰るとおり、物事の善悪の判断は一方的な意見だけで判断できるものではありません。
少なくとも「吉良のいじめ」があり得ないことは容易に想像できますね。
江戸元禄期の生産能力
鹿児島のタク 「200畳(じょう)に及ぶ屋敷の畳替(たたみが)えは無用である」…。(史実!?)
「忠臣蔵」では,この話がよく出てきますね。
筋書きでいけば,一晩で(非常に短期間で),浅野家は江戸中の畳生産関係者に,頼み込んで作っています。
もし,これが本当なら,江戸時代元禄期の畳の生産能力が,これほどすごかったと言えるでしょう。
畳は,今でこそ機械で作っています。もう原料も現在では「イグサ」ではなく,化学繊維みたいなものかもしれませんが…当時は,マニファクチャー(工場制手工業)と言うのが,それほど発達していなかった(?)でしょうから…。
何といっても,我々の感覚からすると,産業革命を起こした英国がすごい…となる。
でも,やっぱり,この時期の江戸(日本)はすごい。江戸一極集中がよいか悪いかは別として,江戸は,ある時期から,人口が世界一の年になっていますね。
この短期間で「畳200畳」を作り上げつ能力が当時の日本人にあったということは,現在の日本の持っている技術力や人材がその当時から綿々と受け継がれているということになりそうな気がします。(考え過ぎでしょうか?)
鹿児島のタクさんへ
黒田裕樹 残念ながら、忠臣蔵における「200畳の畳替え」は本文中にもあるように史実では有り得ません。
ただし、数日の間にそれだけの数の畳替えをする必要はあったでしょうから、当時から技術の高さがあったということに間違いはないでしょう。
鳳麒 どうも初めまして。
そうですよね。これらの説は創作の『忠臣蔵』の影響を受けた俗説ですよね。
こんな真似をしたら、第一に責任者である吉良こそが御咎めを受けるのですから、わざわざそんな自分で自分の首を絞めるような真似などする筈がありませんよね。
確かに、現代に置き換えれば
指南役である吉良上野介の采配は、よくありがちな状況であり、その言葉に部下がいちいち恨みを
持つようになるとしたら、それこそ上司の命はいくらあっても足りませんよね(^^ゞ
そう考えると、「忠臣蔵」の話は双方の意見を公平な立場の者が書き記したものではなく、一方だけの意見だけで描かれた物語であるように思えて来ました。
よく「いじめ」問題で、「虐められた」と申告した者の意見だけを聞くと、確かに可哀想に聞こえて来ますが、虐めを行ったとされる人物に理由を求めた時に、虐めようと思って言った言葉ではないと、それが虐めであったという事すら、認識していないという事もありますよね。
やはり双方側の意見を聞くと一方だけの話を
聞いた時とは随分、展開が異なっているものですよね。
応援凸
少なくとも「吉良のいじめ」があり得ないことは容易に想像できますね。
「忠臣蔵」では,この話がよく出てきますね。
筋書きでいけば,一晩で(非常に短期間で),浅野家は江戸中の畳生産関係者に,頼み込んで作っています。
もし,これが本当なら,江戸時代元禄期の畳の生産能力が,これほどすごかったと言えるでしょう。
畳は,今でこそ機械で作っています。もう原料も現在では「イグサ」ではなく,化学繊維みたいなものかもしれませんが…当時は,マニファクチャー(工場制手工業)と言うのが,それほど発達していなかった(?)でしょうから…。
何といっても,我々の感覚からすると,産業革命を起こした英国がすごい…となる。
でも,やっぱり,この時期の江戸(日本)はすごい。江戸一極集中がよいか悪いかは別として,江戸は,ある時期から,人口が世界一の年になっていますね。
この短期間で「畳200畳」を作り上げつ能力が当時の日本人にあったということは,現在の日本の持っている技術力や人材がその当時から綿々と受け継がれているということになりそうな気がします。(考え過ぎでしょうか?)
ただし、数日の間にそれだけの数の畳替えをする必要はあったでしょうから、当時から技術の高さがあったということに間違いはないでしょう。
そうですよね。これらの説は創作の『忠臣蔵』の影響を受けた俗説ですよね。
こんな真似をしたら、第一に責任者である吉良こそが御咎めを受けるのですから、わざわざそんな自分で自分の首を絞めるような真似などする筈がありませんよね。