また、幕府は黒船来航の際に初めて、我が国の軍事力などの国力が諸外国よりかなり劣っていることを思い知らされました。いや、正しくは「分かっていたはずなのに無視し続けていた」のです。戦国時代に数十万の鉄砲と兵士を所有し、世界一の軍事力を誇っていたという、我が国のかつての面影は、もはやどこにも残っていませんでした。
そして開国以来、我が国は白人による植民地化と隣り合わせという危機のもと、不平等条約という大きなハンデを負いながら、血のにじむような努力で近代化を強引に進めなければならなかったのです。
幕末の大混乱がかえって国内の団結を生み、明治維新後に我が国が富国強兵(ふこくきょうへい)の道を一心不乱(いっしんふらん)に歩み、結果として短期間で世界の一等国にまでなったという事実があるのは確かです。
しかし、だからといって「しなくても済んだ苦労」をする必要はないはずですし、そもそも鎖国が「祖法」であるという有り得ない話や、我が国は海に囲まれて安全であるという根拠のない話を勝手に信じ込んだ幕府に、ほんの少しでも外交能力があれば、こんなことにはならなかったはずなのです。
なしくずしの「鎖国」は、結果として我が国にとって「痛恨」かつ「屈辱」の歴史をつくってしまいました。
これを「悲劇」といわずして何というのでしょうか?
(第2回歴史講座「『鎖国』という名の悲劇」はこれで終わりです)




いつも有難うございます。
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さすらい こんにちは。
そうですよね。
鎖国がなければ違う歴史もあったでしょうね。
よく、織田信長や坂本竜馬、伊藤博文が
殺されていなければ日本は違っていた。。。
なんて歴史ミステリーなどやっていますが
そういうのも含めて鎖国も
日本が今日育つ基礎になっていたかも知れません。
もっと後で講義されると思いますが
太平洋戦争の愚かさは我々にも直接的に
感じることもできるのに
それ以前の日本の愚行や悲劇は
なかなかわかることができないので
こうした黒田さんのような講義は勉強になりますね。
応援♪
えめる 外からの情報を遮って、井の中の蛙と化してしまった日本。
一気に大海に投げ出されて、わらをもつかむ心境で必死に進んできたという感じなのかニャ。
ひと言で鎖国といっても、内情は実にドラマティックでした~。
現代でも、聖徳太子の精神を見習わなきゃね。
と、ここのおかげですっかり聖徳ファンになっている私です。
楽しく勉強させて頂きました。ありがとう。
さすらいさんへ
黒田裕樹 仰るとおりで、歴史というのはある偶然や、そのときの選択によって全く別物になってしまうことがあります。私たちの人生がそうであるように。
その意味でも、歴史から「この時に違った選択をしていれば?」という考えを持つことは、過去の教訓を生かす意味でも重要ですし、歴史勉強の醍醐味でもありますね。
応援有難うございます!
えめるさんへ
黒田裕樹 > 外からの情報を遮って、井の中の蛙と化してしまった日本。
> 一気に大海に投げ出されて、わらをもつかむ心境で必死に進んできたという感じなのかニャ。
> ひと言で鎖国といっても、内情は実にドラマティックでした~。
大海に放り込まれて生死の境をさまよいながら、良くぞここまで近代化ができたものだと先人の努力に敬服するとともに、「何もこんな目にあわなくても…」という思いもします。まさにドラマチックですね。ノンフィクションだけに重みがあります。
> 現代でも、聖徳太子の精神を見習わなきゃね。
> と、ここのおかげですっかり聖徳ファンになっている私です。
> 楽しく勉強させて頂きました。ありがとう。
そうですか。えめるさんもファンになって下さいましたか。
できることならば、聖徳太子の自作小説を是非書いて欲しいですニャ(^^♪
けん爺ちゃん こんにちは(^ワ^)
鎖国編、読ませて頂きました。
確かに、初期はシャムやルソンと盛んに
貿易してたのが、いつの間にか閉鎖的、硬直的な
国風に変わってしまいましたよね。
ペリーが来る事も、
1年前からわかっていながら、あの対応…
仰る通り、少しでも外交能力があれば
もう少しまともな対応も可能でしたでしょうに…。
キリスト教への警戒感から始まった鎖国状態は、
文物の流入制限・監視、幕藩体制の維持へと
意味合いが変遷していき、祖法と呼ばれるまでに至った訳ですね。
明治維新後、欧米視察団の大久保利通が
『我が国は100年は遅れている』
と嘆いた状況は、本当にしなくても済んだ苦労ですよね…。
清き流れより、田や沼が暮らしやすかったでしょうに…(- -)
ヒロキ むかしは海に囲まれてることで攻められにくかったですが、船の技術が上がってくれば話は別ですよね。
立地的にも日本は都合のいい場所だから、欧米諸国から狙われてますよね。。
けん爺ちゃんさんへ
黒田裕樹 コメント有難うございます。
仰ること、誠にそのとおりです。すべては江戸幕府の失政…。
いや、修正は可能だったんです。それをよってたかって潰してしまった上層部の無能…。
政治がダメだと、亡国の危機を招くという典型例でしょう。
このときは、明治維新で何とかカタチはつくれた。ひるがえって、現代はどうなのでしょうか。
国と国民の益になるための政策を考えている政党はあるのでしょうか…。
ヒロキさんへ
黒田裕樹 > むかしは海に囲まれてることで攻められにくかったですが、船の技術が上がってくれば話は別ですよね。立地的にも日本は都合のいい場所だから、欧米諸国から狙われてますよね。。
仰るとおりです。「天然の防壁」が無意味になった瞬間に、我が国は欧米諸国の東アジアの侵略に向けての「格好の拠点」と化してしまったんですよ。
彼らの要望(というより脅迫)に反対する方法はただ一つ。彼らの攻撃力に対抗できるだけの防衛力を身につけること。しかし、現実はあまりにもシビアでした…。
得たものと失ったもの
オバrev 江戸時の鎖国によって得たものと失ったものがあると思います。
日本で通用しても世界で通用しない常識や外交力というものは、完全に思考停止状態が長年続いてしまって、我々の中に染みついてしまったんじゃないでしょうか。大きな損失でしょう。
それが未だに尾を引いていて、経済がグローバル化した今となって、さらに欠点がより大きくクローズアップされてきているような気もします。
当時、もっと海外と交流していたら、世界の情勢も把握できて、日本文化や思考も変わって、その後の大戦なども違う方向にいってたかもしれませんね。
逆に得たものは、日本独自の文化や、出る杭は打たれる、横並びで、ある意味平等で平和な島国根性?
オバrevさんへ
黒田裕樹 冷静かつ正確な分析、有難うございます。
>日本で通用しても世界で通用しない常識や外交力
まさに「日本の常識は世界の非常識」ですよね。鎖国のイメージを未だに引きずっているからなのか、この「原則」が分かっていない人が多いような気がします。国内向けと国外向けとで、アピールが違うのは当然だと思うのですが…。
こうして考えると、得たものよりも失ったもののほうがあまりにも多すぎるような気がしますね。なしくずしでなく、ビジョンを持った鎖国であればまだ良かったと思うのですが…。
そうですよね。
鎖国がなければ違う歴史もあったでしょうね。
よく、織田信長や坂本竜馬、伊藤博文が
殺されていなければ日本は違っていた。。。
なんて歴史ミステリーなどやっていますが
そういうのも含めて鎖国も
日本が今日育つ基礎になっていたかも知れません。
もっと後で講義されると思いますが
太平洋戦争の愚かさは我々にも直接的に
感じることもできるのに
それ以前の日本の愚行や悲劇は
なかなかわかることができないので
こうした黒田さんのような講義は勉強になりますね。
応援♪
一気に大海に投げ出されて、わらをもつかむ心境で必死に進んできたという感じなのかニャ。
ひと言で鎖国といっても、内情は実にドラマティックでした~。
現代でも、聖徳太子の精神を見習わなきゃね。
と、ここのおかげですっかり聖徳ファンになっている私です。
楽しく勉強させて頂きました。ありがとう。
その意味でも、歴史から「この時に違った選択をしていれば?」という考えを持つことは、過去の教訓を生かす意味でも重要ですし、歴史勉強の醍醐味でもありますね。
応援有難うございます!
> 一気に大海に投げ出されて、わらをもつかむ心境で必死に進んできたという感じなのかニャ。
> ひと言で鎖国といっても、内情は実にドラマティックでした~。
大海に放り込まれて生死の境をさまよいながら、良くぞここまで近代化ができたものだと先人の努力に敬服するとともに、「何もこんな目にあわなくても…」という思いもします。まさにドラマチックですね。ノンフィクションだけに重みがあります。
> 現代でも、聖徳太子の精神を見習わなきゃね。
> と、ここのおかげですっかり聖徳ファンになっている私です。
> 楽しく勉強させて頂きました。ありがとう。
そうですか。えめるさんもファンになって下さいましたか。
できることならば、聖徳太子の自作小説を是非書いて欲しいですニャ(^^♪
鎖国編、読ませて頂きました。
確かに、初期はシャムやルソンと盛んに
貿易してたのが、いつの間にか閉鎖的、硬直的な
国風に変わってしまいましたよね。
ペリーが来る事も、
1年前からわかっていながら、あの対応…
仰る通り、少しでも外交能力があれば
もう少しまともな対応も可能でしたでしょうに…。
キリスト教への警戒感から始まった鎖国状態は、
文物の流入制限・監視、幕藩体制の維持へと
意味合いが変遷していき、祖法と呼ばれるまでに至った訳ですね。
明治維新後、欧米視察団の大久保利通が
『我が国は100年は遅れている』
と嘆いた状況は、本当にしなくても済んだ苦労ですよね…。
清き流れより、田や沼が暮らしやすかったでしょうに…(- -)
立地的にも日本は都合のいい場所だから、欧米諸国から狙われてますよね。。
仰ること、誠にそのとおりです。すべては江戸幕府の失政…。
いや、修正は可能だったんです。それをよってたかって潰してしまった上層部の無能…。
政治がダメだと、亡国の危機を招くという典型例でしょう。
このときは、明治維新で何とかカタチはつくれた。ひるがえって、現代はどうなのでしょうか。
国と国民の益になるための政策を考えている政党はあるのでしょうか…。
仰るとおりです。「天然の防壁」が無意味になった瞬間に、我が国は欧米諸国の東アジアの侵略に向けての「格好の拠点」と化してしまったんですよ。
彼らの要望(というより脅迫)に反対する方法はただ一つ。彼らの攻撃力に対抗できるだけの防衛力を身につけること。しかし、現実はあまりにもシビアでした…。
日本で通用しても世界で通用しない常識や外交力というものは、完全に思考停止状態が長年続いてしまって、我々の中に染みついてしまったんじゃないでしょうか。大きな損失でしょう。
それが未だに尾を引いていて、経済がグローバル化した今となって、さらに欠点がより大きくクローズアップされてきているような気もします。
当時、もっと海外と交流していたら、世界の情勢も把握できて、日本文化や思考も変わって、その後の大戦なども違う方向にいってたかもしれませんね。
逆に得たものは、日本独自の文化や、出る杭は打たれる、横並びで、ある意味平等で平和な島国根性?
>日本で通用しても世界で通用しない常識や外交力
まさに「日本の常識は世界の非常識」ですよね。鎖国のイメージを未だに引きずっているからなのか、この「原則」が分かっていない人が多いような気がします。国内向けと国外向けとで、アピールが違うのは当然だと思うのですが…。
こうして考えると、得たものよりも失ったもののほうがあまりにも多すぎるような気がしますね。なしくずしでなく、ビジョンを持った鎖国であればまだ良かったと思うのですが…。