さて、マニュファクチュアなどによる近代化が進められた我が国でしたが、幕末の開国によって西洋の様々な知識や技術が導入されたことによって、幕府や各藩が洋式機械工場(ようしききかいこうじょう)を建設するようになりました。
例えば、水戸藩(みとはん)では徳川斉昭(とくがわなりあき)が幕府の命で江戸に石川島造船所をつくったほか、先述のように肥前藩や薩摩藩が反射炉を設けて大砲などを製造するようになりました。なお、石川島造船所は現在のIHI(石川島播磨重工業)のルーツとなっています。
明治時代以後、我が国は近代国家を目指して重工業を中心に力を入れるようになりますが、その流れはこれまで述べてきた江戸時代までの経済の発展などによる、様々な近代化が母体となっているのです。
(※下線を引いた事例については、リンク先もご参照下さい)




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晴雨堂ミカエル 現代にあって江戸時代に無いモノ、実はおおかたあるかもしれません。
定食屋はある、ファーストフードはある、ヘアサロンもある、芝居もある、郵便もある、新聞もある、一通りのものは揃っている。
海外旅行とて、お伊勢詣りは海外旅行みたいなもの。
パソコンはないが算盤という計算器はある。
江戸時代は現代社会の原型ですね。
晴雨堂ミカエルさんへ
黒田裕樹 仰るとおり、江戸時代の日常は現代とさほど変わりはないですね。
だからこそ、怒涛のような明治維新の時代を乗り切ることもできたのでしょう。
何故かまかり通っている「貧農史観」や「暗黒史観」が不思議でなりません。
思わぬ
ろっぽん 貧農史観暗国史観、確かにそういうことが刷り込まれてきたような気がします。
自分が描く民話をもとにしたコミックも
毎夜出る飢餓妖怪もお話に書かれてない部分を
飢饉の時の餓鬼状態が創りだしたものと創作することなど、そういう刷り込みでしょう。
ブータンが幸せ指数という指数なるものを立ち上げましたが
お金があることが必ずしも幸福とは違いますし
でもこの例は全体の1%ぐらいでは、
江戸時代の大半は飢饉のあと疫病の繰り返しで
必ずしもこういうことだけと摺り込むのも間違いで、貧農史観、暗国士観もおりまぜてとらえるべきだと思う。例え先祖が泥棒で殺人鬼であっても誇りがもてず愛国心が萎えるものではないでしょう。大衆の歴史の民俗学が結構、若い人に人気があります。
ろっぽんさんへ
黒田裕樹 仰るとおり、どちらか一方に偏ることはよくありません。私のブログでもできる限り公平に扱っているつもりです。
ただ、昨今までのどちらかと言えば「偏りすぎ」の面が見られる以上、今後の方針としていくらかの配慮があっても良いかもしれませんね。
江戸時代の商人
青田です。 黒田先生
こんにちは
青田です。
江戸時代の『貧農史観、暗国士観』もそうですが
『商人=悪人』も極端なイメージとして
描かれすぎだと思います。
単に賄賂だけで、成功できるほど、世の中は
甘くないと思い、
調べると
かなり、私財を投じて、公共事業をしている商人もしますし、顧客満足に関しては、お客さんに
喜んでもらうためにいろいろな売るための工夫も
しています。
中には、高田屋嘉兵衛のような商人もいます。
江戸時代初期は、武士が世の中を創ったのかもしれませんが、
中期以降は、商人が世の中の中核になっていった気がします。
青田さんへ
黒田裕樹 仰るとおり、時代劇の悪徳商人ばかりが実際の商人ではありません。
当時は石田梅岩の「商人道」が浸透していましたから、商人が我が国に様々な益をもたらしたと思います。
鴻池新田のように地名として残っているのもありますからね。
定食屋はある、ファーストフードはある、ヘアサロンもある、芝居もある、郵便もある、新聞もある、一通りのものは揃っている。
海外旅行とて、お伊勢詣りは海外旅行みたいなもの。
パソコンはないが算盤という計算器はある。
江戸時代は現代社会の原型ですね。
だからこそ、怒涛のような明治維新の時代を乗り切ることもできたのでしょう。
何故かまかり通っている「貧農史観」や「暗黒史観」が不思議でなりません。
自分が描く民話をもとにしたコミックも
毎夜出る飢餓妖怪もお話に書かれてない部分を
飢饉の時の餓鬼状態が創りだしたものと創作することなど、そういう刷り込みでしょう。
ブータンが幸せ指数という指数なるものを立ち上げましたが
お金があることが必ずしも幸福とは違いますし
でもこの例は全体の1%ぐらいでは、
江戸時代の大半は飢饉のあと疫病の繰り返しで
必ずしもこういうことだけと摺り込むのも間違いで、貧農史観、暗国士観もおりまぜてとらえるべきだと思う。例え先祖が泥棒で殺人鬼であっても誇りがもてず愛国心が萎えるものではないでしょう。大衆の歴史の民俗学が結構、若い人に人気があります。
ただ、昨今までのどちらかと言えば「偏りすぎ」の面が見られる以上、今後の方針としていくらかの配慮があっても良いかもしれませんね。
こんにちは
青田です。
江戸時代の『貧農史観、暗国士観』もそうですが
『商人=悪人』も極端なイメージとして
描かれすぎだと思います。
単に賄賂だけで、成功できるほど、世の中は
甘くないと思い、
調べると
かなり、私財を投じて、公共事業をしている商人もしますし、顧客満足に関しては、お客さんに
喜んでもらうためにいろいろな売るための工夫も
しています。
中には、高田屋嘉兵衛のような商人もいます。
江戸時代初期は、武士が世の中を創ったのかもしれませんが、
中期以降は、商人が世の中の中核になっていった気がします。
当時は石田梅岩の「商人道」が浸透していましたから、商人が我が国に様々な益をもたらしたと思います。
鴻池新田のように地名として残っているのもありますからね。