昭和16(1941)年秋、特別高等警察(=特高)はソ連のスパイ組織が日本国内で諜報(ちょうほう)並びに謀略活動を行っていたとして、ゾルゲや尾崎秀実(おざきほつみ)らを逮捕しました。ゾルゲはドイツの新聞記者として昭和8(1933)年に来日し、ドイツ大使の信頼を得るなどして巧(たく)みに様々な情報をスパイ活動によって入手するようになりました。また、近衛文麿のブレーンとして活躍した尾崎秀実とも親しくなり、両者は連携してソ連(=コミンテルン)のスパイとして暗躍するようになりました。
我が国が日華事変の泥沼化や対米交渉の行きづまりなどによって北進か南進かの決断を迫られた際にも、ゾルゲと尾崎は協力して南進へと国論を傾けさせ、北進によってソ連がドイツと我が国によって東西から挟撃されるという事態を防ぐなど、我が国の重要な政治的あるいは外交的決断の多くに関わったと考えられており、その影響は極めて大きかったと言わざるを得ません。
なお、尾崎は昭和16(1941)年10月14日に、ゾルゲは同月18日にそれぞれ逮捕され、二人とも後に死刑に処されていますが、二人の逮捕が第三次近衛内閣の総辞職(10月18日)とほとんど同じ時期であることは単なる偶然なのでしょうか。
諜報活動が明らかになった場合、その当事者、すなわちスパイにすべての責任を被(かぶ)せてしまうことは歴史上よくある話で、実際には当時の国民が知っていた事件の内容よりもはるかに大がかりなものであったのは間違いないことですが、いずれにせよ、ゾルゲ事件の発覚が東條内閣の成立時と重なっていたということが、その後の外交交渉が極めて難しいものであることを暗示していたと言えるでしょう。
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