こうした守護は「守護大名」と呼ばれ、またその支配体制を「守護領国制(しゅごりょうごくせい)」といいます。
全国の守護大名の中には、大内(おおうち)氏や山名(やまな)氏のように数か国にまたがる領地を持つものもあり、特に山名氏は11か国にまたがる広大な領地を治めたことで、全国66か国のうちの「六分一殿(ろくぶんのいちどの)」と呼ばれるなどの権勢を誇り、やがては幕府の言うことに従わないようになっていきました。
その一方で、地方に土着した武士の中には守護大名の支配を受けずに自立の道を歩み出そうとする「国人(こくじん)」と呼ばれた者もいました。守護の権限が弱い地域において、国人たちは自らの領主権を確保するため組織的に一揆(いっき)を起こしました。これを「国人一揆」といいます。
国人たちは互いに協力し合うことで自主的な地域権力を持つようになり、守護大名への抵抗や農民に対する統制を行いました。
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