しかし、政友会の目論見(もくろみ)は翌年の総選挙で惨敗して失敗に終わったばかりか、岡田内閣の信任に焦った陸軍の皇道派によって、先述のとおり二・二六事件が引き起こされるという悲劇を生んでしまいました。
さて、自由主義的な思想への弾圧はこの後も続き、政府による植民地政策を批判した矢内原忠雄(やないはらただお)の「国家の理想」や自由主義経済学者の河合栄次郎(かわいえいじろう)の「ファシズム批判」、歴史学者の津田左右吉(つだそうきち)の「神代史の研究」などの著書が発禁処分となりました。
また、昭和12(1937)年にはコミンテルンが指令した人民戦線方式(注:人民戦線とは自由主義から無政府主義まで幅広く結集した組織のこと)による活動を行った容疑で日本無産党の多数が検挙されたほか、翌昭和13(1938)年には関係者として経済学者の大内兵衛(おおうちひょうえ)らが検挙されました。これを「人民戦線事件」といいます。
※黒田裕樹の「百万人の歴史講座」をご紹介します。詳しくは下記のバナーをご覧ください。
※「黒田裕樹の歴史講座+日本史道場+東京歴史塾」のご案内です。他の教師とは全く異なる、歴史全体の大きな流れを重視した「分かりやすくて楽しい歴史」をモットーに多くの方にお教えいたします。詳しくは下記のバナーをご覧ください。
※無料メルマガ「黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編」の登録はこちらからどうぞ。多くの皆様のご購読をよろしくお願いいたします。


いつも応援いただきまして、本当に有難うございます。