肥前(佐賀)藩出身で、参議兼大蔵卿(おおくらきょう)の大隈重信(おおくましげのぶ)は、イギリスを模範(もはん)とした議院内閣制に基づいた、国会の即時開設と政党内閣の早期実現などをめざしていました。
しかし、大隈の動きは、従来の漸進主義(ぜんしんしゅぎ、「漸進」とはじっくり時間をかけること)の立場を守り、議会政治の実現に時間をかけて取り組もうと考えていた、右大臣の岩倉具視(いわくらともみ)や参議の伊藤博文(いとうひろぶみ)らとは相反するものであり、やがて両派は政府内で激しく対立しました。
そんな中、たまたま政府内で発覚した一つの事件をきっかけとして、我が国は国会開設に向けて大きく前進することになったのです。
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