その後、戦争犯罪人として東京裁判にかけられた東條は、他の被告の多くが自己弁護と責任のなすり合いを繰り広げる中で、自己弁護を一切行わなかったばかりか、我が国が戦った戦争が「侵略戦争ではなく自衛戦争であり、国際法には違反しない」と堂々と陳述したほか、いわゆる戦争責任が昭和天皇に及ばないようにするために「敗戦の責任は自分が負う」と宣誓口述書で明言しました。
東條らのいわゆるA級戦犯の7人(東條英機、広田弘毅=ひろたこうき、板垣征四郎=いたがきせいしろう、土肥原賢二=どいはらけんじ、松井石根=まついいわね、木村兵太郎=きむらへいたろう、武藤章=むとうあきら)は、昭和23(1948)年11月に絞首刑の判決を受け、同年12月23日に執行されましたが、この日は当時の皇太子殿下(現在の今上天皇)のお誕生日であり、日本国民に贖罪(しょくざい)意識を植え付けようという思惑があったと考えられています。
東條らの遺体は遺族に返還されることなく、当夜のうちにGHQによって「焼却処分」されました。「火葬」ではありません。遺骨は粉砕され、遺灰とともに航空機によって太平洋に投棄されてしまったのです。
※下記の映像は5月12日までの掲載分をまとめたものです。
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ぴーち こんばんは!
今でも船の上から
粉にした遺骨を散骨する事がかっこよいみたいな
風潮が有りますが
遺骨というのは、しっかり形を留めて
なおかつ、お墓の下に埋葬されることが本来のあり方であり、遺骨に再び亡くなった人の魂を呼び寄せ
それに対して懇ろにご供養すれば、成仏が
適うというものを
粉にしてばら撒けば、そこには魂が帰る場所を
失って成仏出来なくなるものですが、
東條英機の場合も、何の因果かは存じませんが
余りにも酷いし打つですね・・
ぴーちさんへ
黒田裕樹 元々西洋には遺骨に魂が宿っているという発想が薄いというのもありますが、仰るとおりこれでは浮かばれません。
ただ、日本人も黙って手をこまねいていたわけではありませんでした。
その後も
青田です。 青田です。
東条英機氏のお孫さんは、かなり、小学校の教師に
苛められたそうです。
お孫さんの世代は、教師は、反日教育を受けていたのに、本当に辛い思いをされました。
どこの国もそうですが、戦いに勝つと英雄ですが
負けると、誰かの責任にしようとします。
ヨーロッパでは、フランスが、ワーテルローの戦いで、負けるとナポレオンは、長い間、悪の独裁者でしたが、
それが、フランスが第二次世界大戦で、戦勝国になるとナポレオンは、フランスの英雄に変わりました。
ということは、日本もいつか戦勝国になると歴史は、変わると思います。
青田さんへ
黒田裕樹 歴史を変えるには、様々な苦労がありますね。