これ以降、アメリカやソ連を中心とする東西二大陣営が、軍備や経済力・イデオロギーなどあらゆる面で激しい競争を展開することになりましたが、こうした緊張関係の構築は、いつしか「冷たい戦争」あるいは「冷戦」と呼ばれるようになりました(The cold war)。
もっとも、アメリカを中心とした西側諸国による「封じ込め」政策が功を奏したことによって、ヨーロッパにおける共産圏のこれ以上の拡張が望めなくなったソ連が、以後の矛先(ほこさき)をアジアに転じることによって、東アジアの共産主義化が進むことにつながったのです。
なお、ワルシャワ条約機構はソ連が崩壊した1991(平成3)年に解散しましたが、北大西洋条約機構は、旧社会主義国の東欧諸国を含めた28ヵ国で今も存続しています。
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ぴーち こんばんは!
共産主義に傾倒するのが悪策だとすれば、、、
資本主義が妥当であると言い切るには
それはそれで無理がある事だと思います。
資本主義だとて、国を本当に統括出来る
策だと断言し難い気がします。
何か中間的な策や、全く異なる次元での
統括方法が生まれれば良いのにとも
思います。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 資本主義も、共産主義も、それがベストというわけではありません。現在のところは、資本主義がまだ「まし」だといえる程度でしょう。
共産主義は、結果的にソビエト連邦という失敗例を作ってしまいましたが、資本主義に社会主義的要素を組み合わせて一定の成果を上げている例もありますし、今後も様々な変化が考えられると思います。
ソ連によって陸路を封鎖された西ベルリンでしたが、アメリカやイギリスを中心とする西側諸国が徹底した空輸作戦を展開したため、封鎖そのものは翌1949(昭和24)年5月に解除されました。
しかし、ベルリン封鎖によってドイツの分断が決定的となり、同年にドイツは自由主義国家のドイツ連邦共和国(=西ドイツ)と、共産主義国家のドイツ民主共和国(=東ドイツ)とに分割されました。
また、ソ連からの軍事的脅威に共同で対抗するため、1949年4月に西側諸国は北大西洋条約機構(=NATO)を結成し、アメリカ・カナダ・イギリス・フランス・ベルギー・オランダ・ルクセンブルク・イタリア・デンマーク・ノルウェー・アイスランド・ポルトガルの12ヵ国(後にギリシャ・トルコ・西ドイツが加盟)による集団安全保障体制が敷(し)かれました。
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ソ連は1947(昭和22)年にコミンフォルム(=共産党・労働者党情報局)を結成し、ルーマニアやアルバニア・ハンガリー・ブルガリア・ポーランド・チェコスロバキア(現在のチェコとスロバキア)など、戦後に次々と誕生した共産主義国家を従えて、東欧圏とも呼ばれる共産主義陣営を形成しました。また、1949(昭和24)年には経済相互援助会議(=COMECON)を結成しています。
ソ連のこうした動きに対して、イギリスのチャーチル首相が、1946(昭和21)年に「鉄のカーテン演説」を行い、ソ連の脅威に対する警戒を訴え、自由主義諸国の協力を呼びかけました。
さらに翌1947(昭和22)年には、アメリカのトルーマン大統領が、ギリシャやトルコへの軍事援助をきっかけに、「共産主義的な全体主義の拡張に対抗するには、それと戦う自由な諸国民を援助することをアメリカの政策とすべきである」と議会で述べ、自由主義陣営の中核として、ソ連の「封じ込め」を宣言しました。これを「トルーマン=ドクトリン」といいます。
また、世界で共産主義がはびこる背景の一つとして「貧困」が挙げられると判断したトルーマンは、1947(昭和22)年6月にヨーロッパの経済復興資金として、3年間に120億ドルもの巨額の経済援助を行うことを決定しました。これは「マーシャル=プラン」と呼ばれています。
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ぴーちさんへ
黒田裕樹 共産主義の基本は「富を憎んで私有財産制を否定し、資産を人民で共有する」ことにあります。
この考えは、貧富の差が大きければ大きいほど染まりやすく、また革命が起こりやすくなる傾向があります。
我が国は1960年代から70年代にかけて高度経済成長が起きたことで、国民全体が豊かになり、共産主義が広がることをある程度防いだ、という過去があります。そうでなければ、70年安保や浅間山荘事件などが国民に非難にさらされることもなかったでしょう。
この点において、共産主義は国民の多くが貧しさを感じる際に発達する、と言えます。
ブログのもう一つの目玉である「本物の歴史講座」ですが、次回(第57回)は「平安後期の政治史 ~院政と平氏政権」と題し、天皇の父(あるいは祖父)が「治天の君」となられて政務を行われた「院政」から、平清盛率いる平氏が我が国史上初めて「武家政権」を確立した平安後期の政治史の背景を中心に紹介します。

講座に参加をご希望の皆様(特に東京講演においては関東在住の方々)は、ブログ右下の「メールフォーム」を活用のうえ事前にご連絡くだされば幸いです。当日の飛び入り参加も歓迎いたします。講座の内容については、これまでと同様に後日にはブログ上で映像とともに発表します。
第57回黒田裕樹の歴史講座
「平安後期の政治史 ~院政と平氏政権」
主催:一般社団法人正しい歴史を伝える会
後援:授業づくりJAPAN・新聞アイデンティティ
【大阪講演】
日時:平成28年11月27日(日) 午後2時より
場所:大阪市立総合生涯学習センター 第1研修室
(※下線部をクリックすると、所在地や地図が書かれたリンク先に移動できます)
資料代:金1,500円(高校生以下は無料)
【東京講演】
日時:平成28年12月4日(日) 午後3時より
場所:スター貸会議室 飯田橋 (会場は2階です)
(※下線部をクリックすると、所在地や地図が書かれたリンク先に移動できます)
資料代:金1,500円(高校生以下は無料)
※大阪講演と東京講演の両方に参加された場合、東京講演の資料代は無料とします。
また、講座終了後に近辺の居酒屋で懇親会(会費金3,500円~4,000円程度)を行いますので、よろしければこちらにもご参加くださるようお願いします。
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いつも応援いただきまして、本当に有難うございます。
しかし、国力を飛躍的に高めたのはアメリカだけではありませんでした。1917(大正6)年のロシア革命によって、1922(大正11)年に誕生したソビエト社会主義共和国連邦(=ソ連、現在のロシア)も、アメリカと同じように世界に対して圧倒的な影響力を持つまでにのし上がっていたのです。
自由主義国家のアメリカと、共産主義国家のソ連という、国家体制の全く異なる両大国は、第二次世界大戦末期以降、次第に相互不信と利害対立を深めました。
かくして、国際平和維持のために国際連合が設立されながら、戦後の国際秩序をめぐって米ソ両国の対立が激しさを増すという、何とも皮肉めいた展開が戦後世界を形成するようになってしまいました。なお、これを米ソ対立といいます。
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ぴーち こんばんは!
何だか
昔観た、ゴジラ対モスラの戦いみたいな
お話ですねえ・・
あの映画を観ていると
私達が済む街中で
ゴジラとモスラ(キングギドラ?)が取っ組み合いの戦いを
していている足元では
自分の家も壊されて
逃げ惑う人間の姿が有りますが
私たちは存在の大きな者たちに
振り回されながら
生きなければいけない宿命から
逃れられないのがまた
もどかしく思いましたね(^_^;)
ぴーちさんへ
黒田裕樹 なるほど、興味深い例えですね。
振り回される庶民こそいい迷惑ですが、そうならないようにするためにも、国家の重要性が問われますね。
このため、国際連合すなわち「United Nations(連合国)」には、日本やドイツなど旧枢軸(すうじく)国、すなわち旧「敵国」に対して軍事行動を起こす場合は、安全保障理事会の許可を必要としないという例外的規定(これを「敵国条項」といいます)が設けられており、いまだに削除されていません。
また、我が国が神話の時代を含めれば2670年を超える歴史と伝統を誇るとともに、かつての国際連盟では常任理事国を務めるなど、それ以前はもちろんのこと、近代から現代における世界有数の大国であり、さらには国連に対して多額の分担金(世界第2位)を負担しながら、安全保障理事会の常任理事国に就任できないという問題も抱えています。
なお、我が国は国際連合の設立時にはソ連(現在のロシア)の反対もあって加盟できず、日ソ共同宣言によってソ連との国交が結ばれた、昭和31(1956)年にようやく加盟できました。ちなみに、現在の国連加盟国は193ヵ国となっています。
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こうした流れを受けて、アメリカ・イギリス・ソ連(現在のロシア)の3ヵ国を中心とした戦争終結後の国際秩序構築への動きが高まり、1945(昭和20)年6月に開かれた、サンフランシスコ連合国会議で調印された国際連合憲章に基づき、同年10月に、第二次世界大戦の戦勝国である51ヵ国を原加盟国として、「国際連合」が発足しました。
先の国際連盟の反省に基づいて、国際連合では、侵略国に対して国際連合軍(=国連軍)を組織し、紛争解決のために対処し得るものとされました。
しかし、安全保障理事会の常任理事国であるアメリカ・イギリス・フランス・ソ連(現在のロシア)・中華民国(後に中華人民共和国)に拒否権があるため、大国同士の利害が衝突(しょうとつ)することがしばしば起きています。
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ぴーち こんばんは!
初歩的な質問で恐縮ですm(_ _)m
大国というのは単に国の面積が広いなどという
理由で一目置かれる国なのかと単純に
考えて居たのですが、そうではなさそうですね(^_^;)
戦争で勝利したとか、人口が多いなどの
特定の数値を満たした国を
大国とみなすのでしょうか?
ぴーちさんへ
黒田裕樹 特定の数値ではなく、軍事力や経済力などが抜きん出ている国家であることが条件の一つでしょうね。
我が国やイギリスなどは歴史の長さもありますが…。
高校の「現代社会」あるいは「政治・経済」における重要な学習分野に「現代の国際政治」があります。
一般的な高校教科書では、現代の国際社会の原型を、1648年のウェストファリア講和会議において、各国の主権の独立と平等が確認された経緯に求めることが多いようです。
しかし、ウェストファリア講和会議が行われた頃には、すでに我が国は徳川家康(とくがわいえやす)によって成立した江戸幕府による統治が始まっており、その後約200年間にわたる「平和国家」が形成されたことについては、全くと言っていいほど紹介されていません。
「江戸時代は日本史で教えるから構わない」という声も聞こえてきそうですが、現実において、これから紹介する「現代の国際政治」においては、日本史や世界史の重要な論点も取り上げていくことになるのですから、自国(日本)と比較しながら、国際社会の経緯を紹介するのが、本来の教育姿勢ではないでしょうか。
いずれにせよ、今回は一般的な教科書の流れに沿うかたちで、最初に「国際連合」について紹介してから、「現代の国際政治」の流れを、実際の授業で行った経験を基本に明らかにしていきたいと思います。
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そして、内閣総理大臣の安全保障への取り組みをさらに充実させることによって、国家安全保障に関する重要事項や、重大緊急事態への対処を審議する目的で、平成25(2013)年に「国家安全保障会議」が内閣に置かれました。
「日本版NSC」とも呼ばれる国家安全保障会議は、国防の基本方針や防衛計画の大綱(たいこう)などを審議するほか、武力攻撃事態など、周辺事態及び重大緊急事態に関して緊急に対処する必要がある際にも開かれます。
なお、会議の参加者は内閣総理大臣の他に内閣官房長官、外務大臣、防衛大臣などの主要閣僚ですが、必要に応じて、首相の許可を得たうえで、統合幕僚長(とうごうばくりょうちょう)などの現役自衛官の関係者を出席させることができるとされています。
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ぴーち こんばんは!
何時だったか忘れましたが
安倍総理の「我が軍」発言は
少々、ドッキリさせられました(^_^;)
それでも、まあ、タカ派と呼ばれている安倍総理
ですのでそれくらいの発言は
想定内だったかも知れませんが。。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 そういえばそんなことがありましたね。
安倍首相であれば、これまでの政治体制を考慮すれば、しっかりとした指揮をとってくださることでしょう。
ぴーち こんばんは!
今日は何故か
新しい記事のコメント欄が記事と重なって
開いてしまい、コメントすることが出来ませんでしたので、旧記事の方へコメントさせて頂きますm(_ _)m
それにしても、まったく記載されてないのというのは
どうしてなのでしょうか?
鎖国を行った事で、日本の考え方に賛同出来ない
諸外国が記載は関係ないと
圧力を掛けたのでしょうかね・・・?
ぴーちさんへ
黒田裕樹 ブログ記事に不具合が起きているようです。記事の数を減らすなどしておりますが、ご迷惑をお掛けします。
私にも理由が良く分かりませんが、世界史の視点に日本の立場がすっぽり抜け落ちていることも原因かもしれませんね。
我が国においても、昭和初期に「統帥権干犯(とうすいけんかんぱん)問題」が起きたことをきっかけに、軍部の独走を招いたことが、第二次世界大戦への参戦を招いた理由の一つとなったこともあり、「文民たる政治家が軍隊を統制する」という、文民統制(シビリアン・コントロール)が重要視されています。
例えば、日本国憲法第66条2項において、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と定められています。なお、文民とは、政府見解では「旧陸海軍の職業軍人の経歴を有する者であって、軍国主義的思想に深く染まっていると考えられるもの、あるいは自衛官の職に在る者」ではない人物であるとされています。
要するに「職業軍人ではない」人をさすのであり、かつて自衛官を務めた人物であっても、その後に退官していれば、平成27(2015)年に安全保障関連法が審議された際の防衛大臣であった中谷元(なかたにげん)氏のように、閣僚となることは可能であるとされています。
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ぴーち こんばんは!
「愚者は経験に学び、賢者は歴史の学ぶ」
まさに痛い経験であった過去の出来事に
学んだ法が布かれた訳ですね。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 仰るとおりですね。
歴史に学んでこそ、未来が開けます。