また、当時の国会で審議されていた警察官職務執行法の強化や教員の勤務評定などをめぐって、岸内閣は革新勢力と対立していましたが、これらと同時期に新安保条約の調印が行われたため、条約を批准する国会審議において、与野党の意見が激突しました。
このため、岸内閣はやむを得ず昭和35(1960)年5月19日に衆議院で条約批准案を野党欠席のまま強行採決に踏み切りましたが、これを契機として、院外の安保改正阻止闘争(=安保闘争)は激しさを増し、安保改定阻止国民会議や全日本学生自治会総連合(=全学連)による10万人を超えるデモ隊が、連日のように国会を取り囲むようになりました。
そして、6月15日には全学連主流派の約1万人が国会に乱入し、警官隊と衝突して死者を出す惨事となってしまったのです。
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青田です。 青田です。
この安保闘争については、テレビ番組などでしか
知りませんでしたが、
『学生運動』というから、穏やかなイメージを持っていましたが
その数字に驚きました。
全学連10万人のデモ。
1万人が国会に乱入。
これを軍隊と考えると、クーデターですね。
彼らが、その後、社会に中枢に入りこんでいくことを考えると、日本の弱体化に繋がっているような気がします。
ぴーち こんばんは!
若い力というのは個人個人は弱くても
結束して大きくなると
とても阻止することが出来ない
大きなものになりますからね。
今の教育方針はその若い力を
子供の頃から
暴走させないようにしているのか
若者全般が何に対しても
無気力になっている事が
私達の目からすれば、もどかしさを
感じます。
青田さんへ
黒田裕樹 仰るとおり、クーデターです。岸内閣は倒れましたが、安保条約は守ることができた。
それだけでも良かったのかもしれません。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 確かに今の教育は行き過ぎの感もありますが、このようなクーデターまでは好ましくないですね。
難しいところです。