また、江戸近辺の関東の農村は、もともと所領が複雑に入り組んでおり、無宿人(むしゅくにん)や博徒(ばくと)がはびこって治安が悪化しました。このため、家斉は文化2(1805)年に関東取締出役(かんとうとりしまりしゅつやく、または「でやく」)を新設して、江戸周辺の警察機能を強化しました。
さらに文政(ぶんせい)10(1827)年には、幕府の直轄地や私領、あるいは寺社領を問わずに数十ヵ所の村々を組み合わせた寄場(よせば)組合を編成させて、農村の秩序を維持するとともに、地域の治安や風俗への対策を行いました。
なお、関東取締出役は関東の八つの国、すなわち八州(はっしゅう)をくまなく巡察したことから、別名を「八州廻(まわ)り」とも呼ばれており、その活躍ぶりが、現代においても時代小説の題材としてよく取り上げられています。
※下記の映像は7月2日までの掲載分をまとめたものです。
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