サイパンからは新開発の長距離重爆撃機B29の行動範囲に東京が入り、我が国は本土の防衛すらままならない状況となったことから、一連の責任を取って東條英機内閣が総辞職し、昭和19年7月22日に小磯国昭(こいそくにあき)内閣が成立しました。
ところで、昭和19年の夏頃といえば、後に激戦となった硫黄島(いおうとう)もまだ防衛されておらず、いわゆる本土防衛の準備もなされていませんでしたが、それまでの日本軍の強さを恐れたアメリカ軍は、フィリピン奪回を目論(もくろ)んだマッカーサーの意向もあって、日米の次の戦場をフィリピンとしました。
アメリカの立場からすれば、防衛力が低かった当時の日本本土を早々と攻撃していれば、戦争も比較的簡単に終わらせたはずです。しかし、かつて日本軍に屈辱を味わわされたマッカーサーのいわば「私怨(しえん)」によってフィリピンが戦場となり、多くの人々が犠牲になってしまったのです。
※下記の映像は9月22日までの掲載分をまとめたものです。





いつも応援いただきまして、本当に有難うございます。
トラックバック(0) |
象嵌師 こんにちは マッカーサーは正直ですが女々しい男と思います。 日本を擁護するようになったのも最高司令官の座を降ろされプライドを傷つけられた事でのアメリカに対するあったのかと思います。
象嵌師さんへ
黒田裕樹 なるほど、そういう一面もありそうですね。
興味深いご賢察を有難うございます。
ぴーち こんばんは!
「私怨」ですか・・
私怨と言えば、大量破壊兵器保持を理由に
イラク戦争を引き起こしたブッシュ大統領も
戦争の正当性を訴えたものの、その裏では
個人的な恨みがあったと伺った事が有ります。
そもそも、戦争に「正当な理由」など存在しないと
個人的には思っています。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 なるほど、戦争に正当な理由がないということですね。
お気持ちはよく分かりますが、その一方で「戦争も外交手段の一環」という説があるのもまた事実です。
いずれにせよ、今回の「私怨」に生徒異性が見当たらない、というのは間違いないと思われます。