朝鮮半島では昭和13(1938)年に志願兵の募集が始まりましたが、定員の7倍以上の応募がありました。その後も驚くべき高倍率が続いて志願者が殺到し、昭和17(1942)年には62.4倍にも達しました。
高倍率の背景には、一部の下級官吏(かんり)による説得があったとされていますが、血書嘆願して志願する者もいたなど、朝鮮人全体の士気が高かったことは間違いなく、こうした流れがあったからこそ、昭和19(1944)年になってから、ようやく朝鮮半島でも徴兵制が実施されたのです。
ちなみに、朝鮮人で兵役に就いた人々の中には、難関を突破して陸軍士官学校や海軍兵学校に進み、日本軍の将校となったのも少なくありませんでした。軍の世界においても民族差別が存在しなかった何よりの証拠ですね。
なお、朝鮮人の将校としては、本名のまま陸軍中将にまで昇進した洪思翊(こうしよく)が有名ですが、彼は大東亜戦争後にB級戦犯として裁かれ、フィリピンで処刑されています。
※下記の映像は9月13日までの掲載分をまとめたものです。





いつも応援いただきまして、本当に有難うございます。
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ぴーち こんにちは!
前回のお返事の件の「恨」では有りませんが、
それまでの朝鮮の歴史から、朝鮮人の心の中には
長い間、虐げられて来た重い思いがいつの間にか
彼らの考え方まで偏屈に変えてしまったかの
様に思えてなりません。
それでも、根気よく膝つき合わせてお付き合いを
させて貰った事で、性根まで腐りきっては居ない事が
分かった様なお話だと思いました。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 仰ること、私も理解できます。
外国との付き合いは国民性の違いなどもあって、大変難しいことをつくづく思い知らされますよね。