こうして編(あ)み出されたのが、我が国最初の成文法であるとともに後年の法典の編纂(へんさん)にも多大な影響を与えたとされる、604年に制定された憲法十七条(けんぽうじゅうしちじょう)でした。憲法十七条は文字どおり17の条文に分かれていますが、このうち最も有名なのは、第1条の「和(わ)を以(も)って貴(たっと)しとなし…」の部分ですね。
これは「和の尊重(そんちょう)が我が国にとって何よりも大事であり、みだりに争いを起こさないようにしなければならない」という意味です。似た内容の条文が最後の第17条にもあり、こちらは「物事の判断は一人では行わず、皆で話し合って決めなさい」と説(と)いています。
この「和」や「話し合い」を重要視する姿勢は、現代に生きる我々にもつながっていると思いませんか?
聖徳太子によって説かれた精神は、私たち日本人の本質を実に的確に捉えているのです。1400年も昔の政治家の発想とはとても思えませんね。





いつも応援いただきまして、本当に有難うございます。
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ぴーち おはようございます!
仰るとおり、日本人本来は「和」の心や、自分たちの間で起きた問題は自分たちで話し合い解決して来たはずですものね。
いつのまにやら、外国の毒気に侵されたかのように、何か揉め事が起こるとすぐに裁判だ!訴訟だ!と大騒ぎをするようになってしまいました。
昨日も法律関係のテレビを見ていて思ったのですが、子供が隣の家の猫にいたずら描きをして、隣の家の方がそれを見て激怒し、賠償責任問題にまで発展させた例を挙げていましたが、昔なら
たかが子供のいたずら。子供に誠心誠意謝らせて反省させたら、それで済んでいた事を、少しでも相手の過失が認められると確信するとそれをネタに
お金が少しでも手に入るのではないかという思いなのか、人情などはそっちのけで、損得感情だけで物事が動いている様で、哀しい世の中になったものだと思いました。
それに常に勝ち負けに拘る為なのかも知れませんが、人生勝つことだけが勝者では無いはずなんですけどね・・(´・ω・`)
応援凸
ぴーちさんへ
黒田裕樹 仰るとおり、近頃の我が国では「和の精神」が失われつつあるのが問題ですね。
何が何でも勝ちばかり求めていては、いったん挫折した場合に二度と復活できないような気がしますが…。