初めての武家政権を誕生させた源氏や北条氏と違い、足利氏はカリスマ性や実力面で劣(おと)るところがあったことや、足利氏と同じだけの勢力をもつ守護大名(しゅごだいみょう)が数多く存在し、彼らが幕府の言うことをなかなか聞かなかったことで、幕府の指導力(しどうりょく)が設立当初から疑問視されていたのです。
守護大名の多くは足利氏に匹敵する広大な領地を持っていたのと同時に、管領(かんれい)などの幕府の重要な役職を歴任(れきにん)していました。いわば財力と権力とを同時に持っていたがゆえに、幕府の言うことを聞かなくなったのでした。
そんな守護大名らに対抗すべく、第6代将軍の足利義教(あしかがよしのり)が独裁的(どくさいてき)な政治を行ったのですが、最期には暗殺されるという悲劇をもたらし、その後遺症(こういしょう)は後の幕政に深刻な影響を与えたうえに、1467年の応仁の乱(おうにんのらん)によって、室町幕府は事実上崩壊(ほうかい)してしまいました。
家康はこうした室町幕府の失敗から二つのことを学びました。それは「大名の権力と財力との分散」と「独裁者を出さないシステム」です。




いつも有難うございます。
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ぴーち こんばんは!
今、ちょうど雷雨に襲われていまして、ようやく治まりました(^^A
それでも、昼間の気温が高いせいか、余り涼しくはなりません・・(><)
大阪はいかがですか?
足利義教が独裁政治を行った理由は、そういう経緯からなんですね。
(すみません、一度お聞きしていながら、この部分を忘れていました^^;)独裁と言う政治も「両刃の剣」。自分で自分の首を絞める結果になると言う愚かな結末が待っているのですね。何でもそうですが、極端になり過ぎてもいけないと言う事ですかね^^;
応援凸
ぴーちさんへ
黒田裕樹 > 今、ちょうど雷雨に襲われていまして、ようやく治まりました(^^A
> それでも、昼間の気温が高いせいか、余り涼しくはなりません・・(><)
> 大阪はいかがですか?
そちらは雷雨ですか。大阪はきれいな満月を見ることができますが、暑いです…(´・ω・`)
> 足利義教が独裁政治を行った理由は、そういう経緯からなんですね。
> (すみません、一度お聞きしていながら、この部分を忘れていました^^;)独裁と言う政治も「両刃の剣」。自分で自分の首を絞める結果になると言う愚かな結末が待っているのですね。何でもそうですが、極端になり過ぎてもいけないと言う事ですかね^^;
仰るとおりだと思います。
過ぎたるは及ばざるがごとし。さりとてどうしようもないときもありますから、世の中は難しいものです。