今から2200年以上前に中国大陸を史上初めて統一した秦(しん)の王(おう)であった政(せい)は、各地の王を支配する唯一(ゆいいつ)の存在として「皇帝」という称号の使用を始め、自らは最初の皇帝ということで「始皇帝」(しこうてい)と名乗りました。
これが慣例となって、大陸の支配者が変わるたびに自らを「皇帝」と称し、各地の有力者を「王」に任命するという構図が完成しました。そして、この構図は大陸周辺の諸外国にも「強制」させることになったのです。
例えば、57年に奴国(なこく)が後漢に使者を送った際には「漢委奴国王」(かんのわのなこくおう)という金印を授かっていますし、邪馬台国(やまたいこく)の女王である卑弥呼(ひみこ)は、魏(ぎ)から「親魏倭王」(しんぎわおう)の称号を授けられています。5世紀の「倭の五王」も、中国の歴史書には「倭王」と書かれていますね。
これは、我が国の支配者が中国の権威に勝てずに、その臣下(しんか)となって許してもらうようにお願いするという、いわゆる朝貢外交(ちょうこうがいこう)を意味しました。独立国である我が国、そして朝廷にとっては、こんな屈辱的(くつじょくてき)な話はありません。
聖徳太子は、中国大陸の支配者が替わったのを機会に、これまでとは違う態度で、すなわち「『皇帝→天皇』と名乗れるのは我が国も同じだ」という強い意思で、対等な関係の外交に臨(のぞ)む姿勢を「天子」という言葉に示したのでした。



いつも有難うございます。
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さすらい こんにちは。
まだまだ人間社会は未熟のようで
世界の権力者は
それぞれ「お山の大将」だったんですねえ。
あ、今も未熟ですがね(笑)
応援♪
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さすらいさんへ
黒田裕樹 > まだまだ人間社会は未熟のようで
> 世界の権力者は
> それぞれ「お山の大将」だったんですねえ。
> あ、今も未熟ですがね(笑)
仰るとおりでして、なかなか「成熟した権力者」というのにはお目にかかれませんね…。
期待する方が無理なのでしょうか?
いつも有難うございます!
ぴーち こんばんは!まずは、記事総数100回目
記念。おめでとうございます

以前にも書かせていただきましたが、黒田さんの記事は
相手の目線に立った分かりやすい解説で
本当に助かります。
これからも、応援させてくださいね^^
昨日、宮崎康平という島原出身の古代研究者の方の映画を鑑賞しました。そこで卑弥呼の話が登場しまして、卑弥呼の名前の由来は干潟の女王という言う事をはじめて知りました。彼は九州に卑弥呼の墓があると主張していましたが、最近、奈良の方のお墓の新説が有力視されているようですね。これは決定的な説なんでしょうか・・。
あ、すみません、話がつい脱線してしまいまして^^;
天子の意味、よく理解出来ました!
ありがとうございます^^
では、また、お邪魔しますね~
凸済みっ♪
ヒロキ 100回目おめでとうございます♪
確かに朝貢外交っていうと屈辱的ですが、貿易的にはものすごくお得ですよね(*^_^*)
ぴーちさんへ
黒田裕樹 > こんばんは!まずは、記事総数100回目
> 記念。おめでとうございます

有難うございます!(^o^)丿
> 以前にも書かせていただきましたが、黒田さんの記事は
> 相手の目線に立った分かりやすい解説で
> 本当に助かります。
> これからも、応援させてくださいね^^
過分のお言葉、恐縮です。これからも分かりやすい講座を心がけたいと思います。
> 昨日、宮崎康平という島原出身の古代研究者の方の映画を鑑賞しました。そこで卑弥呼の話が登場しまして、卑弥呼の名前の由来は干潟の女王という言う事をはじめて知りました。彼は九州に卑弥呼の墓があると主張していましたが、最近、奈良の方のお墓の新説が有力視されているようですね。これは決定的な説なんでしょうか・・。
古代は決定的な根拠というのがなかなか存在しませんから、数々の説があります。卑弥呼については、箸墓古墳がいつ造られたかについての新説が出ましたが、まだ決定的とはいえないと思います。ちなみに、私は邪馬台国=大和説を考えております。
> あ、すみません、話がつい脱線してしまいまして^^;
> 天子の意味、よく理解出来ました!
> ありがとうございます^^
いえいえ、どういたしまして。
また宜しくお願いしますm(_ _)m
おめでとうございます
オバrev 歴史講座100回目 おめでとうございます。
また、1つ1つの記事もすばらしいです。
とても分かりやすくて面白いです。
秦の始皇帝、漢委奴国王の意味よ~く分かりました。こういうのって、人に言いたくなる知識ですね(^^;)
しかし、聖徳太子に本当に勝算があったのか、やけくそだったのか、その辺はどうだったのでしょうか?
ヒロキさんへ
黒田裕樹 > 100回目おめでとうございます♪
有難うございます!(^_^)v
> 確かに朝貢外交っていうと屈辱的ですが、貿易的にはものすごくお得ですよね(*^_^*)
そうなんですよね。朝貢外交は屈辱的な反面、「進んだ国が遅れた国に手ほどきをする」立場になりますので、朝貢する側はいわば「もらいっぱなし」で、ほとんど何もしなくても良いんです。
しかし、中世の一時期を除いて我が国は、いかにお得であろうと独立国のプライドをかけて、あえて対等の関係をめざしています。
オバrevさんへ
黒田裕樹 > 歴史講座100回目 おめでとうございます。
> また、1つ1つの記事もすばらしいです。
> とても分かりやすくて面白いです。
有難うございます。いただいた一つ一つの言葉が、とても励みになります!(^o^)丿
> 秦の始皇帝、漢委奴国王の意味よ~く分かりました。こういうのって、人に言いたくなる知識ですね(^^;)
そうですね。宜しければ、どんどん仰って下さい!(^^♪
> しかし、聖徳太子に本当に勝算があったのか、やけくそだったのか、その辺はどうだったのでしょうか?
鋭い質問ですね(笑)。数日中には答えが出ると思いますので、今後の更新にご期待下さい!
祝100回
tycoont 黒田裕樹さん、こんにちは

100回おめでとうございます。色付きの文字

歴史を観る視点、文章の読みやすさどれをとっても
通史を振り返るのにとても勉強になります

これからも、頑張ってください

応援です