その後、琉球は山北(さんほく、別名を北山=ほくざん)・中山(ちゅうざん)・山南(さんなん、別名を南山=なんざん)の三つの勢力に統合されていきました。
12世紀頃から、琉球ではそれまでの貝塚文化を経て農耕生活が始まり、グスクが形成されていきました。いわゆる「グスク時代」の始まりです。
なお、按司は農耕社会が成立したグスク時代の琉球諸島や奄美群島の各地に現れ、当初は集落や聖地からなっていたグスクも、彼らの成長とともに石垣による立派な城が建築されるようになっていきました。
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なお、これらの文化はいずれも漁労(ぎょろう)あるいは狩猟に基礎を置く文化です。
これらの文化を経て、13世紀にはアイヌの文化が生まれるようになりました。アイヌの人々は津軽(つがる、現在の青森県西部)の十三湊(とさみなと、現在の青森県五所川原市)を根拠地として、得宗の支配を受けていた安藤(あんどう)氏(別名を安東氏)と交易していました。
ちなみに、樺太(からふと)に住んでいたアイヌの人々はモンゴルと交戦した記録が残っているそうです。モンゴルの影響が日本列島に広く及んでいたことがよく分かりますね。
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