当時のアメリカは占領政策を円滑(えんかつ)に行うため、昭和天皇を戦争犯罪人として裁(さば)くまでの意思には至(いた)っておらず、本国からの指令を受けたマッカーサーも同じ思いでした。しかし、マッカーサーは昭和天皇との会見に不安を感じていました。もし天皇が自分に対して命乞(いのちご)いをするような人物であれば、やはり戦犯(せんぱん)として裁かざるを得ないのでは、と考えていたのです。
マッカーサーがそう思うのも無理はありませんでした。そもそも戦争に敗北した国の元首(げんしゅ)の末路(まつろ)としては亡命(ぼうめい)や自殺、あるいは市井(しせい)の人間として不遇(ふぐう)な人生を終え、その血は途絶(とだ)えてしまい、全く新しい王朝に取って代わるのが当然だったからです。
しかし、昭和天皇がマッカーサーに対して発せられたお言葉は、彼の不安を打ち消すどころか、想像にも及(およ)ばないものでした―。
「日本の戦争責任のすべてはこの私にある。自分の身はどうなってもかまわないから、飢(う)えている国民のためにぜひ食糧援助(しょくりょうえんじょ)をお願いしたい。ついては、皇室財産の有価証券類(ゆうかしょうけんるい)をまとめて持ってきたので、その費用の一部に充(あ)てて欲しい」。




いつも有難うございます。
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ぴーち こんばんは!
こういうお話を伺うと昭和天皇は
やはり素晴らしい人物であった事が
よく判りますね^^日本人の誇りとしての
象徴でもあります!
話は反れますが
昨日、浅田次郎著「日論の遺産」という
本を買ってみました。(ご存知でしょうか?)
この小説は既に映画化もされる予定でして、
帝国陸軍がマッカーサー元帥から奪取した200兆円の密令を守りぬいた将校達と20人の少女達の祖国復興を願った感動作いう内容だそうですが、これから徐々に読み進めて参りたいと思います。
それでは、応援凸
ぴーち 訂正です(ごめんなさい!)
「日輪の遺産」です。
キーを打ち間違えてしまい、申し訳ありませんm(_ _)m
ぴーちさんへ
黒田裕樹 > こういうお話を伺うと昭和天皇は
> やはり素晴らしい人物であった事が
> よく判りますね^^日本人の誇りとしての
> 象徴でもあります!
仰るとおりですよね。
単なる血筋だけではなく、お振舞いも我が国の元首そのものです。
> 話は反れますが
> 昨日、浅田次郎著「日輪の遺産」という
> 本を買ってみました。(ご存知でしょうか?)
> この小説は既に映画化もされる予定でして、
> 帝国陸軍がマッカーサー元帥から奪取した200兆円の密令を守りぬいた将校達と20人の少女達の祖国復興を願った感動作いう内容だそうですが、これから徐々に読み進めて参りたいと思います。
残念ながら私は未読です。
浅田次郎さんの小説ですから、素晴らしい作品でしょうね。ぜひ読んでみたいものです。
Masa 国のトップとはこういったことを行動に起こせる人を言うのだと思いました。
昭和天皇からは大和魂のようなものを感じます。
続きがとても気になりますっ!
Masaさんへ
黒田裕樹 > 国のトップとはこういったことを行動に起こせる人を言うのだと思いました。
> 昭和天皇からは大和魂のようなものを感じます。
仰る思い、私もよく分かります。
国のトップの堂々たるお振舞いは、我が国に大和魂が根付いている証拠ではないでしょうか。
> 続きがとても気になりますっ!
今日から始まったばかりですからね。
続きをお楽しみに!
マッカーサーについての誤解
青田です。 黒田先生
こんばんは
青田です。
マッカーサーについて、多くの日本人が誤解していることがあると思います。
それは、厚木基地にマッカーサーが初めて、日本に降り立ったのが、初めての日本であり、
マッカーサーは、日本、日本人をあまり、知らなかったというイメージです。
実は、マッカーサーは
1906年に彼の父が駐日武官として、日本に勤務していた時、その副官として、東京で勤務していました。
さらに、日露戦争の時に
日本側から、日露戦争を視察しています。
だらこそ、マッカーサーは
昭和天皇についての会談で、日本人の精神力の源を理解できたと思います。
ただ
その後、日本人の精神性を潰すことにGHQが、執念を燃やすことになるのですが。。
青田さんへ
黒田裕樹 確かに意外と知られていない話ですね。
さらに会見が終了して昭和天皇がお帰りになる際には、マッカーサーは自(みずか)ら玄関まで出て陛下を見送りました。たった一度の会見だけで、マッカーサーは陛下のお人柄(ひとがら)の虜(とりこ)となってしまっていたのです。
その後のGHQによる我が国への占領政策は、日本国憲法(にほんこくけんぽう)の強引(ごういん)な押し付けなど過酷(かこく)を極(きわ)めたものとなりましたが、昭和天皇の決死のご行動によって、皇室を中心とする我が国の国体(こくたい、ここでは天皇を中心とする我が国の体制のこと)を護(まも)ることはできました。
終戦(しゅうせん)の直前、昭和天皇による2度目のご聖断(せいだん)が下(くだ)った際に慟哭(どうこく、悲しみのあまり声をあげて泣くこと)した阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大臣に対して、陛下がお優(やさ)しく「私には国体を護れる確信がある」と仰(おっしゃ)られたとおりとなったのです。
もしマッカーサーとのご会見の際に、昭和天皇が他の一般的な国家元首のように命乞いをする哀(あわ)れな君主であったとすれば、その後の我が国の運命はどうなったでしょうか。考えただけでも私は寒気(さむけ)がしてきます。




いつも有難うございます。
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Masa 昭和天皇のお言葉にも驚きですが、マッカーサーさんが天皇のお言葉を聞いているときの態度にすごく驚きました(笑)
敗戦国の元首と戦勝国ではそういうことになるものなのでしょうか?
一般的(と言ったら変ですが)な敗戦国の元首はやはり命乞いをしてしまうものなのでしょうかね?
ぼくも、当時の元首が昭和天皇でなければ今の自分は無いと思うと鳥肌がたちました・・・。
ぴーち こんにちは!
昭和天皇のお人柄を形成された
乃木希典の教育方法や、その生き様の
影響が、マッカーサー元帥の
心をも虜にしたのでしょうかね^^
昭和天皇も、尊い人生の良き師を得たお一人で
あったのかもしれませんね!
応援凸
Masaさんへ
黒田裕樹 > 昭和天皇のお言葉にも驚きですが、マッカーサーさんが天皇のお言葉を聞いているときの態度にすごく驚きました(笑)
> 敗戦国の元首と戦勝国ではそういうことになるものなのでしょうか?
少なくともマッカーサーはそのつもりだったと思われます。
それにしても非礼極まりないですね。
> 一般的(と言ったら変ですが)な敗戦国の元首はやはり命乞いをしてしまうものなのでしょうかね?
普通はそうですよ。特に独裁者など、普段から国民のことを気にかけていない人物ほどそうなる傾向にあるようです。
> ぼくも、当時の元首が昭和天皇でなければ今の自分は無いと思うと鳥肌がたちました・・・。
本当にそうですね。我が国には昭和天皇がいらっしゃって本当に良かったです。
その思いは、これから講座を重ねるにつれてますます強くなることでしょう。
ぴーちさんへ
黒田裕樹 > 昭和天皇のお人柄を形成された
> 乃木希典の教育方法や、その生き様の
> 影響が、マッカーサー元帥の
> 心をも虜にしたのでしょうかね^^
> 昭和天皇も、尊い人生の良き師を得たお一人で
> あったのかもしれませんね!
仰るとおりだと思います。
環境や身分を問わず、教育というものは本当に大切ですね。
なおまゆ 『無私』という言葉の意味が良く分かります。
『公』に生きる元首がどれ程居るでしょうか?
『公』は『民』です。民のために自らを投げ出せる元首を持った我が国は幸せです。
そのことに皆気づいているのでしょうか・
黒田裕樹さん
風早 りら マッカーサーの昭和天皇との会見前と
会見後の態度の違いが
昭和天皇の 後態度が どれだけ 立派かを
物語っているでしょう
それを 誇りにしたいですね
なおまゆさんへ
黒田裕樹 > 『無私』という言葉の意味が良く分かります。
> 『公』に生きる元首がどれ程居るでしょうか?
> 『公』は『民』です。民のために自らを投げ出せる元首を持った我が国は幸せです。
> そのことに皆気づいているのでしょうか・
仰るとおりです。
無私のお心、公に生きる崇高なお考え。
我が国の国民は本当に幸せ者ですが当たり前であるがゆえに気づかないのがもどかしいですね。
あってはならないことですが、失ってから後悔しても取り返しがつかないのです。
風早りらさんへ
黒田裕樹 > マッカーサーの昭和天皇との会見前と
> 会見後の態度の違いが
> 昭和天皇の ご態度が どれだけ 立派かを
> 物語っているでしょう
> それを 誇りにしたいですね
マッカーサーの態度を一瞬にして激変させた陛下のお姿。
仰るとおり、我が国の誇りであり、宝でもありますね。